六畳一間の部屋。

 

ダイニングキッチンが別にあるが、わずか二畳足らずだ。

 

合わせて八畳足らずの狭い空間が、活(かつ)の世界の全てだ。

 

よく、嫌にならないものだと思う。

 

善次郎の部屋は一階にあり、窓には網戸なんて付いていない。

 

今は、夏。

 

クーラーなんて付いていないし、買う余裕もないので、善次郎が留守のときは、活のために、扇風機をつけっぱなしにし、善次郎が居るときは、いつも窓を全開にしている。

 

窓を全開にしていても、活は外へ出ようとはしない。

 

この部屋が気に入っているのか、はたまた、野良の時に余程辛い思いをしたのか、決して、窓を飛び越えていくことはしなかった。

 

時には、狭い部屋を駆け回ることもあるが、大半はベッドの下で寝ている。

 

そこが、活のお気に入りの場所だ。

後は、衣装ケースの上。

 

部屋には、ベッドと冷蔵庫と小さな食卓。それに、ホームセンターで買ってきた布製の衣装ケースが置いてあるだけだ。

 

テレビはない。金もないが、置く場所もない。

 

あまりテレビを見たいとも思わないので、不自由はなかった。

 

ラジオはあるので、気が向いた時に、たまにスイッチを入れる。

 

寂しいとは思わない。

 

善次郎には、活が居れば、それでよかった。

 

衣装ケースは、一・六メートルもの高さがあるのに、活は窓枠を利用して、器用に飛び乗る。

 

降りる時は、ダイレクトに床に飛び降りる。

 

いくらしなやかとはいえ、よく脚が折れないものだと感心する。

 

怖くはないのだろうか。

 

話が逸れたが、活は、狭い空間で毎日を生き生きと過ごしている。

 

いくら野良だった頃に、嫌というほど外で酷い目に遭ってきたとしても、こう毎日狭い部屋にいて飽きないのが、善次郎には不思議だった。

 

実に、辛抱強いと思う。

 

活は、辛抱しているなんて気はさらさらないのだろうが、自分だったら、三日も閉じこもっていれば気が狂うと、善次郎は思う。

 

犬も、そうだ。

 

たとえ、小型犬といえども、三日も散歩に連れていかなければ、苛々して気が荒くなる。

 

猫って、そんなものか。

 

善次郎は他の猫を知らないので、勝手にそう思っている。

 

それでも、時には退屈する時もあるようだ。

 

そんな時は、自分からちょっかいを出してくる。

 

背中に飛び乗ってきたり、お尻を顔に近づけて、撫でろと催促したりする。

 

善次郎が尻尾の付け根を撫でてやると、撫でている部分が固くなり、顔を床に擦り付けて、気持ち良さそうに背中を丸める。

 

だからといって、そのまま撫で続けていると、いきなり手を噛まれる時がある。

 

止め時がわからない。

 

そんな活であるが、外を見るのは好きなようだ。

 

窓を開けていると、狭い桟の上に、器用に四肢を乗せて、外を眺めている。

 

窓外の景色は、決して良いとはいえない。

 

猫の額ほどの、庭ともいえない狭い空間の向こうはブロック塀で、その向こうには、隣接している家々の屋根が見えるだけだ。

 

後は、空。

 

桟に乗った活の目線と、ブロック塀の高さは同じくらいだ。

 

活は、よくブロック塀の少し上を見つめている。

 

もしかしたら、塀の向こうに見える、家々の屋根を歩いている自分を想像しているのかもしれない。

 

外の世界は怖いが、想像の中では安心だ。

 

猫でも、想像するのだろうか?

 

外を眺める活を見つめ、善次郎はそう考える時がある。

 

飽きもせず、一点を注視しているかと思うと、ふと下を向いて草を見たり、上を向いて、空を見上げたりもする。

 

そうやって外を眺めている時に、人の話し声やクラクションの音が聞こえたりすると、慌てて飛び降り、窓の下に身を潜めて警戒する素振りをみせる。

 

暫くして、大丈夫だと判断すれば、また桟に飛び乗り、外を見つめる。

 

雨の日などは、大変だ。

 

窓を開けていれば部屋に降り込んでくるので、当然のことながら窓は閉めている。


一日中窓を閉め切っていると、外を見せろといって、窓を開けるまでうるさく鳴き続ける。

 

そんな時は、善次郎も根負けして窓を開けてやる。

 

ご苦労なことに、雨が降り込まないようにと活が濡れないように傘を差しかけて、活が飽きるまで一緒に外を眺めている。

 

そんなに外に興味があるのなら、窓を飛び超えればいいのにと思う。

 

どうやら、これが活にとっての散歩なのだと、最近善次郎はわかってきた。

 

狭い庭とブロックと空。

 

善次郎にはわからないが、活の視線には、それらが果てしなく広く見えているのかもしれない。

 

何事も気の持ちようだ。

 

活を見ていると、そんな気になる。

 

そう思うと、この部屋も広く感じられた。

 

次の話:悪女

 

前の話:

 

第1話: