シリコバレーなう。 -2ページ目

シリコバレーなう。

去年入った大学を3ヶ月でやめて今年の夏からシリコンバレーのコミュカレに入り直した人の留学記。アントレプレナーになるために。

医療従事者グループのTeam 医療3.0 が取り組むクラウド、iPhone,iPadを利用した医療改革の取り組みをSoftBankの孫社長との対談形式で書かれた本です。

社会的意義、市場規模、ITとの相性とかを考えたときに医療と教育分野がやっぱり面白いなーと思ってたからドンピシャな内容でした。

Team3.0の方達は実際の医療従事者で、だからこそあったら革新的に制度が変わることもわかってたし、なによりも実際のプロダクト、システムを既にローンチしてたのが重要かと。

通信回線とか端末、法的な整備も含めたインフラのレベルでの変革が必要だからここからもっと広がって行動力のある政治家とか他分野の協力が必要だなーと。

これを読むと孫さんの光の道構想だとかは単なる営利目的の域をでてこれからの社会に絶対に必要なものだと改めて思うのに批判する側の人間は揚げ足だけ取ってマクロな視点で物事を見れないことが残念。

今のところは問題も解決策もドメスティックだし電子カルテとかは統一規格がないから医療従事者も患者側も使い勝手悪いからまだまだ伸びていく分野ですよね。

優れたUIと使用者に明確なメリットのある仕組みを作れれば一気に突き抜けられるからなーと。

個人的には日本とかじゃなくて途上国とかでこそ生きる医療、教育のシステムの構築に携わりたいなと思ってるから完全一致とはいかなくても大いに参考になりました。

医療も教育もやるなら目指す根本は国の経済レベルによらない機会の平等なのかな。
アメリカは9月入学なんですが、TOEFLの点数が基準に満たなかったら夏のESLプログラム(語学学校)に参加することでTOEFL免除になって参加できるってので、もう1,2回毎回200ドルかけてTOEFL受けるくらいならそっち参加するわ!

ってことでその申請も兼ねての願書だったんですがどうやら無事に受理されてしまいました。

これで6月27日からアメリカはサンフランシスコにて海外生活が始まることが8割方決まってしまいました。
残り2割はビザ取得です。



いや、自分で入った大学速攻で辞めてアメリカ行くって決めてますし誰に強制されたわけでもなく純然たる自分の意思による選択だから後悔もなにもないんですけどね

それとこれとは別問題というか。

自分がやりたいことをやれるようになるためにそこに行かなきゃならないから行きますし、日本の教育も医療制度も年金も政治も財政もこんなぐしゃぐしゃで数十年後に絶対に痛い目みることが分かりきってる状況でも日本語が好きだし日本の文化が好きだし日本食最高だし日本の女の子が1番可愛いと思いますよ。


好き勝手な進路選択してるようにみられがちだけど個人的には1番リスクを減らしてる選択で、こっからは英語が話せて組織に依存しないで個人として仕事をできるだけの力さえあれば食いっぱぐれないから、

そのために日本の(意義の定かじゃない)大学→(それぞれが損をする)就活→(未来の見えない大企業への)就職、っていうそもそも間違ってるのに妄信的になってるレールから少し外れるだけで。


好きなことをするってのは相応の責任と能力が求められるんでこっから数年は頑張ります、珍しく。
高校生までの自分達にとっての目標ってのは部活なら全国出場であったり、勉強なら学年何番、最終的には第一志望の大学合格、っていうふうにある程度明確な目標とそこに行きつく基本的な道筋はみえてるしどれだけの難しさなんかも順位や判定で分かってましたが、

大学、社会になったときにそんな明確な目標を持つことは結構難しいです。
でも逆をいえば自分がどうありたいか、何をしたいかっていう軸さえ持てればそれを達成させる方法は相当数あるんですよね。

「弁護士になりたい」って目標だと司法試験に受からなければそれまでだけど、「法律を使って人の役に立ちたい」っていうのが核にあるなら法律に携わる仕事は探せるわけで。

んで、そうなった時に自分の目標、目的ってなんだろうなってのをここ最近考えてます。
まだまとまってないしこれから数年で固めようと思ってるんですがとりあえず今のところどうなのかってのを数年後の自分宛にまとめます。


「自分が尊敬できる一流の仲間と一流の仕事がしたい」
最初から就職を、しない、できないって思ってた1番の理由は自分より劣る上司の下で働くのは絶対に嫌っていうなんとも傲慢なものです。
使えない同僚のミスに足を引っ張られたりくだらない権力闘争に巻き込まれたり人間関係に時間を取られたくないってのは誰しも思うところだろうけど環境によるものだから自分でのコントロールは難しいし、なら最初からそんなんないとこがいいじゃん、っていう。

人としての「格」はやっぱりあって、それがあるレベル以上の人達って自分の好きなことへの熱意があるし、周りとの和を大事にするし、能力もあるし、ってのでそんな人達と仕事をしたい。


仕事も競合他社とシェアを争ったり、ただ消費者に課金するソーシャルゲームみたいな汚いビジネスなんかしたくない。
自分たちで新しい価値を創造して新しい市場を拓いて新しい価値観とかライフスタイルの構築を通して世界を変えていくような仕事と前者とどっちがやりたいかの単純な2択です。


「ここよりもっと高くて遠い場所へ」
冒頭の明確な目標は見えづらいの延長で、特定の欲しい「もの」とかしたい「こと」はなくて、登らなきゃみれない世界を見たいなーっていう漠然とした好奇心が根底にあります。

高い山があって、下から見上げてきっとこんな見晴らしなんだろうなって想像はできるしそれでも生きていけるけど、実際にリスクを取って登った人達にしか見えない景色があるならそれを見ないで1回の人生を終えるのはいかがなものかと。

そんで多分最初に登るってリスクさえとれば死ぬわけじゃないし山の頂上までいかなくても途中で新しい道が見えることもあるかもしれないしなにより大事なのは少なくとも「後悔はしない」ことです。

まだ山に登ることを決めてどうにかこうにか準備を進めてる段階だけど、いつかここよりもっと高くて遠い場所からの景色が見れたらなーと考えてます。
元横浜市長の中田宏さんの視点から書かれた政治の裏側。

当時はいろいろ騒がれてるなーくらいしかみてなかったけど(基本政治家の進退とかスキャンダルに全く興味ないんで)、これを読んで残念だなって思いました。

週刊誌から始まるスキャンダルによって簡単に信用を堕とされていく過程などが分かりやすく書かれてます。
主観はもちろんあるにせよ基本的に中田さんの言ってることが真実だろうし、失脚を図ろうとする側は真偽は問題ではなくて騒ぎを起こしてしまえば目的を達成できてしまうところがぞっとします。

本来であればメディアにまともな良心があるなら起こりえない問題がどれほど多いんだろうってのも考えなきゃならないですよね。
週刊誌も記者クラブも大半の政治家もそれに踊らされる国民も役所も利権に群がるハイエナもみんな「汚い
」。

公務員も優秀な人が大半なんだろうけど結果的にうまく機能してないのは組織の構造的な問題で、やっぱりクビにならないのがやる気と危機感の欠如に繋がってるんじゃないんでしょうか。
それで人件費を抑えるために新規の採用枠を減らすって言語道断じゃないすか。
そんなの使えない中年の人達を切ればいいのに。

結局市場原理をいれれない組織は必ず堕落するんだと思います。
淘汰が働かない環境で進化は生まれません。

書評からだいぶ脱線してしまいましたが。
200ページくらいですぐ読めるんでお時間あれば。

政治家の殺し方/中田 宏

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ギフテッド (Gifted)は先天的に平均よりも顕著に高い能力を持っている人のこと、またその能力を指す。その人物における高能力の傾向は誕生時から生涯にかけて見られる。外部に対する世間的な成功を収めることではなく、内的な学び方の素質・生まれつきの学習能力を持つことを指す。ギフテッドは、英才児、優秀児、天才児などと訳されるが、日本ではそのような子供を「飛び級できるような賢い子」という一面でしか捉えられておらず誤解が生じているため、本項では訳さずギフテッドと呼称する。

早期教育で他人よりも早く多くマスターする先取り学習によって、ギフテッドに成長するようなことはない。ギフテッドは常に多様な知的刺激を渇望し、興味ある分野を自分の好む学習方法で極めて深く掘り下げ探求する傾向にあり、結果的に同年者より先のレベルに到達することが多い。 wikipedia


昨日見かけたギフテッドのトゥギャッター(幼い頃からの悩み)で自分なりのギフテッドについての考えです。

明確に彼はギフテッド、彼女はギフテッドではないっていう基準はひけないし、程度問題にもなるけどおそらく誰もが数人は心当たりがあるくらいには分かりやすい概念だとは思います。

これも抽象的な話にしかならないから区別が難しいけど「天才」っていうのとはやっぱり多少ニュアンス違いますよね。

それで、ギフテッドの人達に大なり小なり共通するのは程度の差こそあれ「孤独感」です。

一面的に測れはしないといっても基本的には高いIQと好奇心、思考スピード、論理的思考が早い段階で周りの人とかけ離れてしまった人達にとって特に日本の悪平等な教育と同調の空気は自分たちの能力を十分に発揮する機会を奪われるんですよね。

100点満点のテストなんか本当に最悪で、満点がなければ1000点取れる子も100点に抑え込められる上に学校で習う勉強のレベルが低すぎるのと減点法の教育で学習意欲を大幅に削がれるし。

周りとの話も自分の本来の思考のスピードですると和を乱すことになるからどうしても「手加減」することになって、この「手加減」が多分一番のストレスになり続けますし。


学校の勉強についていけない子達へのフォローはしっかりすべきなのは理解できるし実際大抵手厚い保護にあるのにギフテッドの子への認識の不足と機会の損失は相当大きいものだしそれはマクロで見たときに国益の多大な損失にも繋がるのに。

普段のクラスからわけろとは言わないまでも早い段階でギフテッド同士の繋がりを確保して自分たちの能力、興味は全力で伸ばしていける環境が出来ることを望みます。
イケダハヤトさん@IHayato に触発されてブログをまた更新し始めました。

とりあえず今日で4日目なので3日坊主は乗り越えたのでぼちぼち広めていこうかと。

だいぶここ1年ぐらいでインターネットの記事とか本を以前にもまして大量にインプットしててそろそろアウトプットをしていかなきゃならないなーと考えてたんでこれからできるだけ毎日更新していきます。


今日は自分たちが負うべき義務についてです。偉そうだったらすいません。



ノブレス・オブリージュは、直訳すると「高貴さは(義務を)強制する」を意味し、日本語では、しばしば「位高ければ徳高きを要す」などと訳される。一般的に財産、権力、社会的地位の保持には責任が伴うことを指す。 wikipedia



本来的な意味では富裕層や特権階級の人がその富の再分配への義務を負うっていうところなんでしょうけど個人的に2つのノブレス・オブリージュがある種価値観の根底にあります。

1「機会のノブレス・オブリージュ」

自分たち先進国に生まれた人間は当たり前に前の世代が作った経済的な豊かさの恩恵を享受してて、当たり前に教育の機会があって、特にインターネットが他のインフラと同じく当然あるべきものとして世界中の色々な情報にアクセスできる機会がある、っていう事自体がどれほど恵まれているかを自覚しなきゃいけないと思います。

奨学金の制度を使えばたとえ貧しくても大学までなんとかいけるっていう状況の一方で、世界規模で見たときにそんな環境にいるのはごく一部で他の大多数の国の人達は高等教育を望んでも叶えられない現実があるわけで。

貧困をなくすことも途上国の教育制度を変えることも簡単にはできることではないけれど、
まず先進国に生まれた人間はその現状を理解しなければならないしその目の前にある機会を最大限活かす「義務」を負ってると考えるべきです。

それぞれの能力は違うのでできることには限度があっても、自分の可能性を最大化しない怠慢があってはならないことです。

2「能力のノブレス・オブリージュ」

1つめではたまたまいい境遇に生まれた人達が負うべき義務でした。
2つめはたまたま才能を持って生まれた人達の負うべき義務です。

アリストテレスの目的論にも通ずる部分で、サッカーの才能がある人は(その人が情熱を持てるなら)サッカー選手になるべきです。

人よりも統率力に秀でて問題解決能力が高い人間は自分で組織を作ってその能力を発揮すべきです。

持って生まれた能力を怠惰から磨かないで腐らせることはあってはならないもので、自分の能力と興味関心を見極めてそれを最大限伸ばすための努力をして発揮していくことで(チームであったり国であったり世界であったり大きさはそれぞれでも)コミュニティに対して報いるべきです。

自分しか困らないから、っていう理由で怠惰になることを否定します。
自分たちが受け取った恩恵を、機会を、能力を活かしていくことがこの時代のこの国に生まれてこれからの世界を生きて行く僕らが負うべき「義務」です。
 
昨日シリコンバレーにのコミュニティカレッジに願書を出しました。
斡旋業者とか通さずに自分で全部作ったので正直不備がない事のほうが考えがたいんですが、とりあえず出せました。

スタンフォードのアントレプレナーシップの講座をNHKで見たときには実際どうなんだろう、って思ってたけどこれを読んで創造性だったり可能性の認識の仕方を学べる面白い講義だなって感じました。

まだコミュカレ自体決まってないし自分の実力も金銭的にもスタンフォードってのを現実の目標として掲げるには早いのかなって考えてたけど、やっぱり性格上こういうのは言ってなんぼだなと。

スタンフォードでこの講義を取ることも一つの通過点にできるようにします。

ってのを数年後見返してどうなってるんだろう。


失敗への考え方だったり可能性の拡げ方は一見才能ある人に与えられた特権にも見えるけど、自ら新しい道を切り開いて創造的な人生を送る人と現状に甘んじて変化を忌避する人達の差はほんの少しの意識と行動によってもたらされることを学べた良著でした。

20歳のときに知っておきたかったこと スタンフォード大学集中講義/ティナ・シーリグ

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日本の学生・って一括りにするほど自分は多くの人に会ってはいないけど、この世代に自分なりの「哲学」だったり確固たる信念を持ってる人って多くないです。

地頭の良さ、知識の多寡に並んで必要だと思ってます。

それが正しいかどうかは判断できるものでもないし、どんどんこれからの経験とかで変化していくものであるべきでも、今の段階で哲学を持ってる人は「強い」んじゃないんでしょうか。

周りも就職だとかの流れになってきてるけど、面白いなって思える人と将来の話をすると、どこ(企業)に行きたいかとか何(職業)になりたいか、っていう次元じゃなくて、「自分が何をしたいか」っていう目線で未来のことを話してます。

そういう在り方を真剣に考えてる人達には共通してその人なりの哲学ー思考パターンが見えます。
価値観として自分と決して交わらないな!っていうことも多いけど、自分の意見もなくただこっちが話すことに納得されるだけの人と話すよりよっぽど意味があります。

欲しいのは同意じゃなくて対立から生まれる新しい視座なのかな、って思います。

@CHIBICODEさんの「1.どうでもいい話 2.一番学んだこと 3.ハスラーになりたい学生へ」

chibicode.tumblr.com/post/19403997925/1-2-3

を読んで刺激を受けました。
改めて自分の求める場所に行くための道のりがいかに険しいか・ってのを再確認しました。

俺自身はエンジニアではないし、純粋なITのスタートアップとは少し違う方向性で考えてはいるけど、それでも自分が人より圧倒的に秀でているところがなければ話にならないなと。

一流の人と一流の仕事をしたいのなら自分も一流になれなきゃ無理で、
自分の特性、興味、情熱を傾けられるものを判断してそこにリソースを集中させてとにかくそれをくり返しくり返し洗練させてようやく辿りつける境地に行きたい。


20歳っていう年齢ももう決してアドバンテージにはならないけど、下手に焦って視野狭窄に陥らないようにしようとも考えてる。

一度ブログ書くの止まると次に書き始めるまでに感覚忘れるし全然だめですね。

前回がまだ7月で現在2月にさしかかろうとしていますが、ぼちぼちまた更新していけたらなぁと思います。

大学を前期で休学(実質的には退学)して、実家に戻ってきて今年の9月からアメリカのコミュニティカレッジに入る準備と留学資金を貯めるためのバイトに勤しんでおります。

経緯とかまぁ色々あるのだけれどそれは叉の機会に譲ります。

今まで自分が何をやってきたかではなく、これから何をやっていきたいかを常に語ることが出来る人間でありたいです。

ここ2年くらいは漫画、映画、文学、学術書、新書、って色々な情報のインプットがメインで、漠然とITの可能性を使って世界を何かしらの形で変えていくこと、ってのをどういうアプローチでいくのかって考えてたのが最近もう少しでみえそうな感覚になってきてる。

スタートアップはみててわくわくするし、instagramとかみたいなのはある種成功しつつあるものだけど、自分がやりたいのはスマートフォンっていうプラットフォームに乗るアプリを作るっていうのはやっぱり違ってて、ましてゲームとかを作るのは絶対に違う。

それは起業家ではあるんだろうけどアントレプレナーではないなーっと。

同業他社との競合のために自分のリソースを使うんじゃなくて、新しい市場、ライフスタイルを作っていってこそアントレプレナーだろうし。


社会起業が盛り上がってて、ITとの相性もいいとはおもうし興味もあるけどもう少しビジネスのスケールってのを鑑みたら最初にやるのもなー、と色々考えてたけど、最近はソーシャル寄りでビジネスとしての成功を見込める分野っていうところで模索中。

それでもやっぱりまだまだこれから色々なことを見て、読んで、感じて、考えて、経験して柔軟に考えていきます。