シリコバレーなう。

シリコバレーなう。

去年入った大学を3ヶ月でやめて今年の夏からシリコンバレーのコミュカレに入り直した人の留学記。アントレプレナーになるために。

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ESLは月曜から木曜までなので今日は休日。
洗濯とか本読んだりゆっくり休んでます。

ひとまずこちっちにきてから10日、学校の最初の1週間が終わった今の時点での感想。

まず英語はほんと喋れません。少しずつ会話の中で使えるフレーズとか質問の仕方とかが増えては行くものの、複雑な内容を伝えるには全く足りません。

授業でも、文法とか語法とかはむしろクラスの中でも上位層だと思います。きっと高校レベルの英語ちゃんと理解していれば問題はないけど、中高との6年間で全くと言っていいほどスピーキングをしない以上ほんと足りないなーと。

でもそこは卑屈になる必要もないしガンバローくらいの気持ちで、英語力以上に強く意識するのはなによりも社会常識とか教養でした。

外国に来てる以上いろんな場面でその国と自国との文化とか価値観の違いを訊かれたり説明する機会は本当に多いです。

説明するのはやっぱ難しいけど、自分の中にしっかりとした理解があれば後の説明は付いてきます。
逆にどれだけ英語が話せたところで教養がなければ話す内容が無いんですよね。

留学をするつもりの大学生ってなんかTOEFLの点数とか英会話の準備ばかりに気を取られて肝心なところが抜け落ちてる印象。

今なんで円高なの?ヒッグス粒子って何?ブラジルの首都と遷都された理由は?建国記念日は何を基準にしてるの?とかの知識がない状態で英語喋れたところで…って思います。

歴史、文化、地理、気候、色々なものが密接に関わり合って国とか言語ができているのに特定の分野しか知らないとか興味ない、とかなー。


するかどうかで悩むならすぐしたほうがいいです。その悩んでる時間がもったいないです。
英語力とかその他のことは来てからどうにでもなります。

もし準備をしたいなら世界、日本、の歴史とか文化、今世の中で何が起こっているか、っていうものを意識するほうがきっと来てから役に立ちます。
昨日7月2日からいよいよ授業が始まりました。

といってもとりあえずこの2ヶ月は大学のサマーセッションでのESLです。

ESLとはEnglish as a Second Languageの略で、英語を母国語としない人々が第二母国語として英語習得の為のクラス、ってのがよく見る説明で、期間とか授業料とか色々あるので興味があれば調べてみてください。

大学によってまちまちですが留学生は必要なTOEFLスコアがあって、それをクリアしてるとESLを受ける必要は無いんですが、TOEFL1回の受験料が200ドルと安くはないのでなんども受けられないことと、いきなり英語の大学の授業よりも現地での生活に慣れる、という意味も含めてTOEFL受験を2回で切り上げてESLの参加を決めました。

DeAnzaCollegeのESLでは2つのクラスがあって、1つは上のクラスが6週間で午前10時から午後5時まで
もう1つは8週間で午後12時半から午後4時まで

僕はこの下の方のクラスです。
正直今まで生きてきて「下のクラス」って初めてだけど特段何も英語の訓練を積まずに日本で暮らしてきたらまぁそんなもんです。


クラスは40人くらいで人種はばらばら、と言いたいところですがやっぱり時代柄アジア人が多いです。
中国、台湾辺りがおおいのかな?って印象で、日本人は多分3人ほど。

道路沿いの店を見ててもわかるけどやっぱり日本の店に比べて圧倒的に中国、韓国系の方の店が多いし相対的に日本の世界での位置は高くないんだなーと思ったり。


テキストは2冊でリーディングとグラマーのもので授業ではspeaking,listening,writing,readingとかに加えてプレゼンテーションとかをやっていくようです。

授業の内容自体は昨日は自動詞、他動詞、Phrase Verbとかの日本の高校レベルだから内容自体は難しくはないんだけど、


とにかく喋れない!
僕に限らず日本の普通の高校、大学しか経験してなかったら多分全員がぶち当たる壁だと思います。

これはもう単純に訓練不足なんだろうけど、他の国の人達は同じレベルに振り分けられてはいてもよくしゃべるなーって感じです。

その辺はまぁほんと練習あるのみなんでしょうね。

授業は発言とか参加が重視されて、失敗なんか関係ないよ!みたいに言われてそこの部分でも日本との違いがありますね。


とりあえず初日なので宿題もさほど多くはなくて導入だったので今日から本格的に始まっていくので定期的にESLについての日記も更新していくつもりです。
時差の関係で早いと16時間前からメールとかでおめでとうメッセージをもらえて、元々うるう秒で1秒長い7月1日を更に長く感じています。

20歳はあっという間で、1年前は吉祥寺で一人暮らしの大学生活をそれなりに謳歌してたのにその1ヶ月後には大学やめて札幌に戻ってるなんて…

この1年で札幌→吉祥寺→札幌→シリコンバレーと住む場所がころころと変わってます。

そんなこんなで友達とも家族とも会わない誕生日は後にも先にもこれきりかな?と。

別段誕生日感はメッセージくらいであまり感じられないしなんか20歳にくらべたら21ってなんもないから微妙ーってなってたけど、

アメリカの成人は21歳らしくてお酒とかも21からだって言われました。
え、車16から乗っていいのに?って思ったけどつっこんだら負けだと思ったから何も言わなかったけど。



そんな誕生日はホストマザーの知人のお婆ちゃんの犬を散歩させに行ってきました。
多少痴呆とかが始まってるようだけど、元気に運転してました(いいのかそれは?笑)

今朝起きたら教会に行ってくるわ、ってメモがあってやっぱりここはアメリカなんだなーって思ってた後の事で、ホストマザーもmoralとかdutyとか言ってたんでキリスト教(メキシコだからとりわけカトリック)の教義とかが根底にあるんだなって。

それと午前中にメキシコ系のスーパー、午後に日本系のスーパーに行ってみて、食文化の違いをお手軽に視覚化出来ました。
学校の帰り道にあるみたいだし多分定期的に通います。
醤油と味噌が恋しい…


その帰り道に車でいつもと1本違う道通ってて、「アッポー」って言われたからりんごの木でもあるのか?って外見たらApple本社でした。


「うわー、しりこんばれー」

そのうち何かしらの形で中に行けたらいいかなーと。
ほんとに近所にGoogleとかAppleとかが当たり前な感じでありますシリコンバレー。
昨日更新するつもりだったんですが、学校が本格的に始まる前にバスでの行き方を確認しようとしたら帰りに盛大に迷子になって1時間以上歩きまわって7時頃帰ってきてそのまま朝まで寝てしまいました。

TwitterとかFacebookで誕生日おめでとうメッセージを頂いてますがまだこっちは6月30日の夕方です。
この「16時間」の時差はなんとも言えない微妙さで、こっちの夕方あたりから日本では1日が始まって、日本の夜はこっちの朝方、みたいに丸半日ズレてるわけではないからなんとも。

でも思っていたよりは連絡は取りやすいです。

さて、アメリカに来て最初の1週間が過ぎようとしてる中で今のところの感想をいくつか。

1,車間狭くねぇ?

1個目これかよ、って言われそうだけどまぁ車全般の事です。
車社会とは知っていたけどこっちは本当に何をするにも車が必要な街の作られ方をしてて、日本みたいに駅があってその周りに商店街とかが広がっている、みたいなのとは全然違います。

特に東京の街に慣れているとなんでこんなに適当な感じで作っちゃったの!?と苛立ちを隠せません笑

車線もメインの通りは3,4車線あって車ばかり。そんでそれぶつかるって!ってくらい車間詰めてます。

信号は大きな通りにしかなくて住宅街は目視、みたいなのりで、歩行者をそんなに想定してないせいか横断歩道がめっちゃ短かったりします。

僕自身は吉祥寺みたいに歩ける範囲に色々なものがある、みたいなのが便利だし好きだったからこの点在してる感じで既にこの国にずっと住もうとはおもえなくなってたり。


2,大味じゃねぇ?

料理全般は不味くはないけど美味くはない、ってレベルです。
料理、ってものに対する考え方の違いなのかシンプルですね。
朝はシリアル、昼はサンドイッチとか、夜もステーキとパンとフルーツ、みたいな。

なんかこう、味に対する繊細さ、みたいなものはないっす。
パンに肉とレタスとトマト挟めとけば完成、って感じだしこっちにきて確信したのは庶民レベルで舌が世界で一番繊細なのは間違いなく日本人であろうことです。

普段何気なく食べてる日本食ってほんまにすごいです。

3,晴れすぎじゃねぇ?


これはシリコンバレー特有の気候なんだけど、やっぱりすごいです。
とにかく快晴!
気温が高くても湿度がないから全然苦じゃないし、夜は涼しいです。
東京で言うと春、札幌とかの初夏の気持ちいい日が毎日続く感じで、確かにこんな気候じゃ暗いこと考えるほうが難しいわ、とりあえず面白いことしようってなっちまうわ、ってな気候です。

4,人種のサラダボウル

土地柄もあるんだろうけどヒスパニック、アジア、インド系の人達が多くて黒人は少なめ。
スーパーとかにいけば日本人(らしき人達)もちらほら、くらいです。

これは合ってるかどうか微妙だけど「アメリカ人」って感じの人達は血がだいぶ混ざっててあまり美人はいない印象で、ヨーロッパ系とかの比較的そのままの人達のが綺麗なのかな?と勝手に予想。

あと、全体的な平均値っていう意味で言うと日本の女の子無敵じゃない?と。
海外で日本人女の子がモテる理由がわかります。


とりあえずこんなところでしょうか。
思いの外カルチャーショック!みたいなものはまだなくて単純に言葉の違う土地に放りこまれたなーってぐらいの感じで、あとはまぁ来る前と変わった心境としては決してこっちが居心地悪いわけじゃないけど、確実に永住することはないです。

「日本すげーなー」です。

しばらくは日本の生活に別れを告げるのにあほほど予定を詰め込みまくってどたばたしながら札幌から東京へ。

成田空港に行くまでに電車の人身事故のせいで空港到着と同時に飛行機離陸→翌日のロサンゼルス行きに振替→ロサンゼルスからなんとかチケットとってサンフランシスコへ、とざっくり書いたけど数十時間の間にありえないほどのトラブル続きでホームステイ先についた時点でもう日本に帰りたくなってましたが、

カリフォルニアはシリコンバレーに位置するSanta Claraに来て3日目、ようやく落ち着きつつあるのでぼちぼちブログも更新していきます。

去年大学に入りながらも前期で休学、先日退学してこれからDeAnzaCollegeというコミュニティカレッジに通います。

コミュニティカレッジとは州立の2年制の大学で、アメリカの大学は日本のように学部毎の入試ではなく3年進学時に学部を決め、1,2年は教養課程を学びます。
そこの2年分を安価で提供するもので、そこから4年制の大学の3年次への編入、というのが比較的よくある進路らしいです。

1,学費を抑える
2,語学力が足りないという理由で大学のレベルを落としたくはなかった

という2つの大きな理由からコミュカレを選択しました。


とりあえず2年。その後編入するかはちょっと悩んでたりもしますがその辺は追々。

今回の大きな目的は

・英語の習得
→世界のどこででも仕事をできるようにするため
・シリコンバレーという起業のエコシステムの整った地域での暮らし
→世界の最先端を直接肌で感じるため
です。

学校が本格的に始まるのは来週からですが数日滞在してアメリカという国がどういうところかの感想とかを明日かければと思います。


このブログは単純な留学記と僕自身のこれからの将来の選択(おそらく普通の大学卒業→就職といった普通の進路から外れる、ていうか既に外れてる)にどう影響していくかを記していきたいです。

それでは。
いいのか悪いのかはわからないし一般論ではくくれない人それぞれの事なんでしょうが、少なくとも今まで自分は「相談」をした経験がほぼ無いといってもいいなとふと気が付きました。

進路選択とか大学を辞めてアメリカの大学に行くってのも誰に相談したわけでもなく決めてるんですよね。

もう自分の中でこれだなって選択肢がでた時点で「やるかやらないか」のプロセスを飛ばして「どう実現させるか」っていう方法論しか考えられなくて、結果的に全部事後報告になる。

ありがたいことに周りの人達に性格分かられてるからどんな決断にも反対されることないのは一つ一つのことが正しいかどうかではなくて、自分が自信を持って絶対にそれを実行する意思を信じてもらってるからかなーとか勝手に解釈してます。

「自分の中に絶対」がある人とそうじゃない人がいて、前者が偉いわけではなくて後者がフォロワーとしているから前者が生きるんですよね。
僕には絶対があります。

東京で一人暮らしをしながらの大学生活は短かったけど充実してたしこれからの道もある程度みえた。
それを捨てて札幌に戻ってきてからの生活もやっぱり楽しくていろんな人と出会えて縁って不思議だなって思える。

日本で大学生活も充実させられただろうし就活も、会社に入ったって困らないし楽しめる自信はあるのにそういうものを全部諦めてまでする決断はやっぱり自分がしたっていう責任を負いたいから人にどうしたらいいかは聞きません。

本当に有り難いことに行かないで欲しいって言ってくれる人達が沢山いて、その人達が思ってくれてる俺の価値に応えるためにも絶対に弱音は吐きません。

人に相談したり時には弱音を言うことのほうが本来あるべき形なんだろうけど、自分の中の絶対を信じれるところまではこのやり方でいきます。






願書も通り、これからビザの面接に領事館に行くことを残すくらいになって細かい準備に取り掛かってます。
いよいよ6月の末からアメリカに行って7,8月は語学プログラムに参加していよいよ9月からシリコンバレーのDeAnzaCollegeでの授業が始まります。

もう来月の末には向こうにいるのは信じられないなー
フランスにいる中学生のtogetter
「日本の教育がこんななら帰りたい国になるのに」親御さん、教育関係の方必読。海外の授業紹介/日本の教育の問題点

を読んで改めて日本の教育がどれほど時代遅れか、無駄なことをやっているのか。

日本の教育制度はシステム、コンテンツ、教師、親、生徒、政治ってそれぞれに問題がありすぎてもうどうしようもないくらい根が深いから最近は呆れるしかできないです。

もう多くは望まないからせめて能力ある子たちを悪平等に押し込めるのだけはやめて欲しいです。
せめて飛び級とか習熟度別の学習の制度だけでも。

教育の本質は答えをを教えるんじゃなくて「問題をみつけ」て「解決策を考え」て「行動し」て「フィードバック」するプロセスを学ばせることなんじゃないかと思います。

そのために個々の学習の内容もそうだし長い目で見たときの進路で高校入試、大学入試、就活っていう一本道だけじゃないっていう選択肢の提示が最も大事なのに。

全員がリーダーになるわけでもないしノマドになれるわけでもないのは当たり前で、大企業とか公務員になることは全然悪いことだとは思わないけど本来そうじゃなくてもっと自分にとっても社会にとっても有益な生き方できる能力とか意欲を潜在的に持っている人がおしこめられるのは違う。



もうひとつの記事で「バングラディッシュでドラゴン桜」を読んで、こういうことだよなーともおもいました。

家が貧しいからっていう理由で意欲はあるのに学習の機会が与えられていない途上国の教育の方が興味あります。

学びたくても学べない子が世界中にいて、自分たちは十分に機会が与えられているのにそれを活用しない先進国の人間は「ずるい」。そんな人達が将来国際化で仕事失っても正直「そりゃそうだよ」としか思えません。

機会平等、結果不平等であるべきだし実力主義でリバタリアン寄りの考えだけど、だからこそ、機会を与えられていない途上国の不当な不利益に納得いかないのかもしれないです。

この税所さんは休学して単身バングラディッシュにいってグラミン銀行のムハマド・ユヌス氏にまで会ってプレゼンするとか本当にすごいです。

証券マンとか公務員とか大企業とかになるためには大学は出なきゃならない社会通念はしばらく変わることはないのだろうけど、少なくとも途上国とか新興国ビジネスでは大学がどうとかじゃなくてまず情熱があるかどうかなんだなーと。

道がない以上何か武器になるものも持ってないと絶対だめだろうから簡単にはできないけど、絶対にこっちの方が面白い。
 カーネギーメロン大学でコンピューターサイエンス、特にバーチャルリアリティーの世界的権威でもあるランディ・パウシュが膵臓がんに冒されて余命半年を宣告されてから行った「最後の授業」、その内容が収められた本でした。

40代半ばで幼い子供3人を遺してこの世を去ることを受け入れなければならない辛さは想像できないくらい大きな物であるのだろうけど、最後の講義の内容は後悔でも辛さでもなくて今まで自分が叶えることができた夢の話へと未来の子供たちに向けた父親としてのメッセージでした。

もう最後の章は盛大に涙と鼻水を出しながら一気に読んでしまいました。

自分はこれまで当たり前のように健康に生きてきて、物心ついてからも曾祖父さんが亡くなったくらいで身近な人達の病気とかも経験ないからどうしても実感できにくいところがあるけど、自分の命には限りがあるしそれはいつ訪れるかを意識し続けなきゃならないなと改めて感じました。

結構生き急いで見られてるけど、根底に何故か人生は短いんだって思ってる部分があって、それまでに何を成せるか、何を遺せるかってのを人よりは強く意識してて。
だからどうしても自分の仕事だとか人生で妥協は絶対にできないのかなーとか。

ちょっと逸れましたが。

夢を持って生きること、生き方そのものに対して色々な考えをもたらしてくれる一冊でした。


この講義の内容はyoutubeでも公開されています。




最後の授業 ぼくの命があるうちに/ランディ パウシュ

¥1,575
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あまり自分に一般的なコンプレックスみたいなものはないんですが、少し変っていわれるのが幾つかあります。

その最たるものが原体験の欠如で、成功している人達とか歴史上の偉人によくある「逆境をバネに」的な体験が全くないんですよね。

食うに困るような貧しい家庭に生まれたわけでも、複雑な家庭環境に育ったわけでも、中学、高校でいじめにあっていたわけでもなくて、

どこにでもある普通の家に生まれて、どこにでもいるような普通に楽しい高校生活を送ってきてて、そこに何ら不満もないのだけれど、自分の野心だったり上昇志向の根源がどこにあるのかっていうのを考え続けてるけど未だに答えが出てきません。

だから「起業したいんだ」っていう話をして「なんで?」って訊かれたら「自分が信頼できる優秀な人達とわくわくする仕事をして社会に貢献して、その結果として社会的成功を得たいから」と返答はできるけど、

「その野心はどこからくるの?」と訊かれると「そうじゃないと嫌だから。1度しかない人生なんだから欲しい物は全部手に入れたいから。」ってわがままな子供みたくなってしまうんですよね。

それを補完する自分のコアになる幼い頃の経験とかが別段ないことが若干コンプレックスだったり。

本当にそもそもどうしようもない事だし実際そんなに気にもしていないんだけど、なんかそういうのあったほうがかっこよくないか?みたいなどうでもいい理由から来るどうでもいい話でした。