チャットGPTというワードはみんなも効いたことがあるだろう。 いわゆる、なんでも回答してくれるAIのことだ。 全くあんなものが出てくると何も考えなくなる人ばかりになるのではないかと心配になるのは俺だけではないだろう。 例えば大学の卒論などこういうテーマでまとめてくれと言えば簡単にやってくれるわけだ。 俺は理系だったので夜中まで研究室で実験をしてデータを集めた結果を使って論文を書いたが、AIならこの辺りはどうするのか?ちょっと興味はあるがーーー。 しかし、膨大なデータの蓄積とその活用という面ではすでにわれわれ人間はAIに到底及ばないことはもはや誰もが知っているわけだ。そうなると今の我が国の高校や大学への進学試験というのはもはや無意味な事ではなかろうか? なぜかと言えばほとんどの試験がすでに出来上がった事実(知識)をより多く暗記したものが合格するシステムだからだ。 歴史や語学は勿論、数学や物理と言えども原理や定理を暗記さえすれば解ける問題ばかりであり、子供たちはとにかくこれらを暗記するために時間をかける。 だから今の子供たちは学校で習わない問題が出ると「習っていない!」と答え、できないことを肯定しようとする。しかし世の中ではそうした学校で習わない問題の方がはるかに多く実際には自分で問題の真相を突き止め解決策を検討しなければならない。 そしてこういう能力こそが我々人間の強みであろう。これは単に膨大な情報だけを知っているチャットGPTには出来ない事ではないからだ。 つまりチャットGPTを使いこなすような人になるために子どもに備えさせるべき能力はただ過去の知識を暗記する能力ではなく、どんな問題にも対応し解決できる能力だと思う。その源泉は創造力、思考力、そして単なる暗記知識ではない幅広い教養だろう。 更にそれらを生み出す土壌は自然の中で五感を目いっぱい使って遊びそして学ぶといった経験にこそあると思う。見て触って匂いを嗅いで感じたものの中から生まれる自分で物事を探求しようとする感性を育てていくような教育が大事なのだ。そうして育った子は、言われたことだけをするのではなく自分で考えて行動するようになるので、あらゆることに疑問を持ち大人にその疑問をぶつけてくるだろう。 だから、我々大人もそうして育った子供たちの疑問に対し真摯に向き合い、「昔からそうなっている!」とか「それはそういうものなの!」といった安易な答えをするのは絶対に慎むべきだろう。まあまずは、学校に「押し付け教育ばかりするな!」そして子供たちには
「先生に言われたことだけをするような人任せの人間になるな!」と伝えていこうぜ。


