1723年6月5日は、近代経済学の始祖として不動の

座を占めている、アダム・スミスの事実上の誕生日です。

スミスは“人に対する思いやり”を終生のテーマとして

人間の道徳感情に根ざした哲学を探求し続けた人でした。


手元に、251年前にグラスゴーの書店から刊行された

“The Theory of Moral Sentiments”『道徳感情論』

という、革の背表紙が擦り切れた全494ページの古い

本があります。(1809年発行の改定第12版です)


アダム・スミスが亡くなったのは、1790年ですから、
モーツァルトや良寛さんと同時代の人なのですが、この
本が出た1759年には、ふたりともまだ赤ん坊でした。
今日は思い切って、冒頭部分を読んでみたいと思います。


冒頭部分:“Of Sympathy”(共感について)と題され、
「どんな人にも相手の立場や気持ちを理解しようとする
思いやりの心”があるはずだ。」という基本テーマが
展開され、やがて近代経済学の基盤を形成して行きます。


有名な『国富論』の考え方は、「行政権力が介入しない

小さな政府のもとでも、お互いの思いやりがはたらけば、

世の中は調和がとれ、分業し協力しあうことで、経済は

発展する。」と主張し、後世に大きな影響を与えました。


アダム・スミスの考え方によれば、「現在、世界を覆い
つくしている経済危機も、利己主義のなせるわざであり、
“他人を思いやる心”に欠けていたからだ」となります。
彼は、節操のあるお金の使い方を重視していた人でした。


この本は亡なくなるまでくり返し改訂されつづけました。


以下、Papagenonoの試訳:
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Sympathy”=“人に対する思いやり”について」


<どんなに自分本位な人であろうとも、人間には
<生まれつきの節操というものが備わっています。
<そのような本性は、人の運勢に興味を持ったり、
<他人の幸福を、ただ見るという楽しみ以外には
<なにも得るものがないにもかかわらず、彼らが
<幸福であることが、自分にとっても必要である
<と感じさせたりもする、心のはたらきなのです。


<このような気持が、あわれみや思いやりであり

<人が悲惨な目に逢っているのを目の前でみたり、

<あるいは、そのようなことが実際に起きている

<情景を想像したときに私たちに生じる感情です。


<私たちには、他人の悲しみに心を痛めることが
<よくありますが、それを裏付ける事例を出して、
<一々証明するまでもないほどに自明なことです。
<なぜならこのような感情は、人間が本性として
<有するあらゆる情念と同じく、決して徳の高い
<人情味のある人に限られるものではありません。
<ただ、人徳の高い人々は、たぶん、この上なく
<鋭い感受性を持って感じることができるのです。

<極悪人や法律をないがしろにする無法者にさえ、
<思いやりのこころが、ないわけではないのです。


<アダム・スミス著: “The Theory of Moral
Sentiments, 1759” B.Chapman社1809年印刷。

冒頭の第一パラグラフ全文、Papageno 試訳>


*参考(原文)“Of Sympathy:”

How selfish soever man may be supposed,

there are evidently some principles in his nature,

which interest him in the fortune of others,

and render their happiness necessary to him,

though he derives nothing from it

except the pleasure of seeing it.


Of this kind is pity or compassion, the emotion
which we feel for the misery of others,
when we either see it, or are made
to conceive it in a very lively manner.


That we often derive sorrow from the sorrow
of others, is a matter of fact too obvious
to require any instances to prove it;
for this sentiment, like all the other original passions
of human nature, is by no means confined
to the virtuous and humane, though they perhaps
may feel it with the most exquisite sensibility.
The greatest ruffian, the most hardened violator
of the laws of society, is not altogether without it.


(原文をPapageno流に区切り、訳文と対比しました。)


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今回は、空間軸における“他人に対する思いやり”ですが、

次回は、時間軸における“将来に対する思いやり”として、

116年前のある「日本人」の言葉に触れたいと思います。