親への勘違い。母親編 | 望む世界で生きる。彩り豊かな世界で生きる。

望む世界で生きる。彩り豊かな世界で生きる。

えりです。アラフォーです。元、理学療法士。 
最近は野菜作りやハンドメイドをしたりしてのんびり生きています。
2015年10月Happyちゃんのブログに出会う。
自己否定、無価値観、罪悪感が強く、常に他人軸だった。今は「私はわたしで在る」「今ここ」がモットー。


さらにもういっちょ。

母親は、
優しかったし、
仲が良かったから、
そんなに考えたことはなかったけど、
とにかく一心に愛情をもらいたかった。

1歳下と6歳下に弟がいて、
そちらに取られたくない
私を見てほしい!
私を一番に大切にしてほしい、
私を一番に愛してほしい
って、承認欲求が強かった。

承認欲求の塊。

今思うと、これって、
6歳くらいの時にははっきり自覚してるから
その頃から30年はそんな状態だったんだ。

だから、
嫌われないよう、
見捨てられないよう、
がっかりさせないよう、
悲しませないよう、
喜んでもらえるよう、
褒めてもらえるよう、
迷惑かけないよう、
全ての言動、行動、選択が
これらが基準だった。

理想の娘でありたかった。
人様に恥ずかしくない娘でありたかった。
ちゃんとした娘でありたかった。

この理想って、世間の大多数が言う理想で、
常識とか
世間一般ってやつ。

それ以外になるなんて、
それ以外を選択するなんて、
考えたこともなかった。

自分が立派になることで、
親を幸せにできると思い込んでたし、 
親の立場も悪くすることなく、
なんなら
親の存在価値も自分の在り方で左右する
くらいに思っていて、

親のために生きてきたのではないか??
と今、思うほど
親中心だったのかもしれない。


それと、よく両親がお金のことでケンカ
していて、それがすごく嫌で、
「お金がない」って、言葉が
恐怖だった。

だから、本当に買ってほしいものは
頼めない。

顔色伺いながら、買ってもらえそうな、
悲しませないようなものを選んでたなぁ。

お金がないこと=悪いこと
お金がないこと=恐怖
って、思い込みがあったけど、
これはこの幼少期のことが原因かもしれない。

よくよく考えたら
家にも私自身も
お金がなくなった経験なんて
一度もない。

食べれなくなったことも
生活できなくなったことも
ない。

実は困ったこともない。

ものすごい贅沢はできなくても、
ある程度は買えたし、
旅行行ったりもしてた。

それでいいんだとか、
身分相応がよいとかの思い込みが
ついたりしたけど、
本当に困ったことはない。

なのに、お金がなくなる恐怖がかなり強くて、
これって、どこからだろう?
って疑問だったけど、
(Happyちゃんが前にお金の概念話してて、元々なかったからなくなる恐怖がないって言ってて、じゃぁ私はなんでお金がなくなる恐怖あるのか気になっていた)

両親がお金のことでケンカしていたことが
恐怖の方程式の原因の一つだったのかも。


それから、大人になって、
進路決める時は、
特に金銭面では迷惑かけたくなかったし、
自立したいって思って、

資格を取り、
就職して、
家にお金を入れて、
自分のことは全部自分でお金支払うことで、
経済的に自立した。

それがその時の私の安心材料だった。

さらにこれまでの恩を返そう
(↑本当はそんな純粋なものでなく、
これも承認欲求だったと今なら分かる)と、
誕生日や母の日にはプレゼントしたり、
両親の結婚記念日には旅行をプレゼントしたりして、
「これで少しは親孝行できたかな?」
と思い込んでた。

役に立てたようで、
期待に応えることができたようで、
迷惑かけてない自分が誇りだったし、
そんな自分でい続けなければいけないと
自分を追い込んでた。

独身で、子供もいないから、
そんな自分を責めてたし、
完全に親孝行できてないって思っていたから、
余計にお金やプレゼントで
帳消しにしようとしていた。

そんなんだったから、
仕事辞める時、
辞めることで収入なくなるの怖かったけど、
一番怖かったのは
親に「もう辞めたい」と伝えることだった。

辞めると決めてたものの、
伝えるときは「辞めてもいいですか?」
と許可を取るような言い方しか
できなかった。

そのときはそれが自分の精一杯だった。

絶対反対されると思ったし、
続けるよう説得されると思ったし、
「甘えるな!」って怒られると思ったし、
がっかりされると思ったけど、

そんなことは全くなかった。

両親ともなんも言わずに
「あんたが決めたことならいいと思うよ」
「好きなようにしなよ」
「そんなにきつかったんやね」
「最近、笑わんようになってたから、そんなとこは離れた方がいいよ」
「どうにかなるやろ」
と言ってもらえた。

これには驚いた。
親を見くびっていたと思った。

このときはもう本当、
自然と感謝が湧き上がってきて、
申し訳なさと
感謝で
涙が止まらなかった。


仕事辞めて、1年くらい遊んでまわってたら、
「これからどうするの?」
「いつまで仕事しないつもり?」と
聞かれた。

そのときはまだ、自責が残っていて、
責められたような気持ちになって、
自分を否定された気になって、
反発したけど、

2年も経つと、
その間、自分と向き合ったり、
少しずつ少しずつ思い込みを見つけては
その檻から出て、
前よりうんと自責が少なくなったり、
自分を認めたり、許せるようになって、

そんな風に過ごしてたら、
親からそんなに言われなくなったし、

「期待に応えられません。もう無理です。」


これが言えるようになったんだよね。
これは、大きな大きな変化だった。

やぎさやちゃんのブログ見たとき、
一瞬ドキッとしたけど、
「こんなこと言えない」とか
思ったけど、
少し前に言ったんだった。

でも、ちょっとふざけて言ったから、
今度は真剣に伝えてみようかと思う。

ドキッとしたということは、
本気で言うことに
まだ抵抗があるんだと思う。

奥の奥の底にまだある。

一つ一つ自分で承認して、
自分のこと満たしていく。
そして、自分の居場所はこうして自分で作っていく。