上京した日の思い出 | 自分らしさを大切に

上京した日の思い出

 

つい先日、東京に出張したときの話である。

 

私は朝9時台発の新幹線に乗り込み、3人掛けの窓際の指定席に座った。

 

少し経ってから若い女性が大きな荷物いくつも抱えてやってきた。

 

チラッと目をやると、泣いている姿が目に入った。

 

嗚咽といった感じで、涙が止まらない。

 

ただならぬ気配に私はおもわず「大丈夫ですか」と声をかけた。

 

心配だったのだ。

 

彼女は、私の声がけで少し冷静になれたようで、涙の理由を話してくれた。

 

東京の大学に受かった彼女にとって、今日は記念すべき上京の日。

 

母親につき添ってもらい、引越しの手伝いをしてもらう予定だった。

 

それが、母親の方に何かしらのトラブルがあり、同乗できなかったらしい。

 

晴れやかな気持ちで東京に向かうはずが、悲しいスタートとなってしまった。

 

寂しさ、不安、やるせなさ、悔しさなど、いろいろなおもいが入りまじって、

泣かずにはいられなかったのだろう。

 

彼女は私が驚くぐらい、ことの顛末を詳しく教えてくれたが、私にできることは何もない。

 

口先だけのベタな慰めも野暮だ。

 

私は自分の経験に照らし合わせて、本心で思うことをひと言だけ口にした。

 

「今日は辛いけど、この出来事が、きっと忘れられない大切な思い出になるよ」

 

言ったあとで、場違いなひと言だったかなぁと少し後悔したが、

口にしてしまったものはしょうがない。

 

彼女はうなずいてくれたから、私の言いたかった意図は伝わったと、

勝手に思うことにした。

 

もう40年以上も前になるが、東京の大学へ進学することになった私にとっても

上京の日は特別な日だった。

 

嫌だった父親のつき添いに加え、父の時代錯誤的な行為もあって、

私は重たい気分で電車と新幹線を乗り継いで東京をめざすことになった。

 

それが、大人になって、父親と過ごしたこの日の思い出が

忘れられない大切な記憶として刻まれた。

 

あるエッセイのコンテストで、この思い出を綴って応募したところ、

1500通を超える中で入選を果たすことができた。

 

今年は奇しくも父の十三回忌にあたり、明日法要を執り行う。

 

母親とはぐれて悲しいおもいをした彼女には申し訳ないが、

彼女と隣り合わせたおかげで私は父の記憶を蘇らせることができた。

 

不思議な因縁を感じる。