季刊ソエナ 秋号より
日本語詩・作曲 新井満さんの記事より抜粋
「千の風邪になって」の歌で、日本人の死に対するイメージは変わったかもしれません。ちょっと前までは、「死」というのは、「暗く」「冷たく」「湿っぽく」「墓穴に魂が監禁されている」ようなイメージがあった。でもこの歌では「死」を、「明るく」「自由で」「大空を吹きわたる」「風のように」といったイメージで捉えています。
また、それまでの死者は、手の届かない遠くの世界にいってしまったというイメージがありました。ところがこの歌では、死ぬと風になり、いまもすぐ近くにいる。いつもあなたを見守っていると、捉えています。死者との距離が近くなった。つまり、今までの死は「別れ」だった。それがこの歌によって「再会」であることが意識されたんです。
この曲はお墓を否定する曲ではありません。私は、お墓というのは死者と生者にとって大切な「再会の場」「ミーティングスポット」だと思っています。
「千の風邪になって」の作詞作曲をされた新井満さんのインタビュー記事がありましたので、一部転記させて頂きました。
確かに、この歌によって、死に対するイメージに変化があった様に思います。また、この歌詞の根底には、肉体は無くなっても、魂はずっと生きている事を前提にしているように感じます。
今後、私達は死をどのように考えていくのでしょうか?
亡くなったら、昔ながらのように、お墓の中に眠るのか?それとも全てを無にして終わりなのか?私達の考え方が、ますます問われて来る時代です。
自分が亡くなった後、どうされたいのか?そのきっかけを与えてくれるのがエンディングノートです。一度手に取って、記入してみて下さい。そして記入の後、家族間で話し合いましょう。ご相談はエンディングノート研究所
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