猫の後ろ姿 2233 藤井基二『頁をめくる音で息をする』 | 「猫の後ろ姿」

猫の後ろ姿 2233 藤井基二『頁をめくる音で息をする』

 

 深夜11時に開店して、夜明け前の3時に閉店する古本屋が 尾道にあるそうです。その名は、「弐拾dB」(にじゅう デシベル)。藤井基二さんがその御主人。
 京都の大学で文学を学び、大学院進学の志ならず、故郷福山市のとなりの尾道でこの深夜古本屋をひらいたとのこと。

 <ただ京都で暮らしたかった。本を読んで、本に触れて生きていたかった。>
 だけど藤井さんは京都を離れ、故郷の隣り町で後退戦に入る。

 <静かな町でひとり深夜店を開けていると、「生き残ってしまった」とふと口について言いたくなる。見えない爆撃と、見えない銃撃戦。静かな、静かな戦場だ。僕は夜に隠れるように店を開けている。せめて誰かの防空壕になれたのなら。生き残ったのならば。>

 その後退戦の中で、藤井さんは京都での日々を思う。
 <今日の一日がまた思いだす海角ひとり。たしか、あそこに僕がいた。何を見て、何を読んでた? 何を話した、何を笑った。>

 ああ、これは俺のことだと思った。「違う人生を歩んだもうひとりの僕」がここにいる。

 夜の闇の中の、小さな灯。この深夜古本屋は「小さな潜水艦」であって、ここに籠って生き延び、ときおり浮上して息をつぐ。本が、そこに書かれた文学が人の命を支える。