【紹介】
 今回は,秋吉理香子さんの小説「婚活中毒」の紹介です。
 本作は,2017年に単行本で,2020年に文庫本で刊行されました。

 タイトルのとおり,「婚活」をテーマにした4本の短編が所収されています。
 テーマが「婚活」という共通点はありますが,登場人物,ストーリー設定は多彩で,まったく違う小説を読んでいる感覚になれます。
 最大の特長は,どの話にもミステリー要素があるということです。1編目を読んでいる途中までは,ミステリーであることに気付かないのですが,話の雲行きが不穏になり,「これはどういうことだ?」と読者に考えさせるギミックになっています。さらに,終盤に訪れる潔いほどのどんでん返しによって,してやられます。
 ただし,いわゆる「イヤミス」のジャンルですので,読後感は決してよいものではありません。純粋にどんでん返しを楽しむ作品だと思って読むのがよいと思います。
 本作には,4本の短編小説が所収されています。

 

 


【あらすじ】
◆理想の男
 四十歳を間近にした吉本沙織は,3年付き合った男性からフラれたことをきっかけに,結婚相談所を利用してみることにする。そこで杉下圭司という男性を紹介される。容姿・経歴ともに理想的な男性で,沙織はすぐに意気投合し,交際を始める。しかし,杉下が相談所で紹介された3人の女性は,すべて直近で亡くなっていたことがわかる。
 沙織は,結婚相談所のオーナー・井上に,抱いている不信感を打ち明けるが……。

◆婚活マニュアル
 30歳の矢部洋介は,ネットで見つけた街コンのBBQコンパに参加した。そこで出会った上原愛奈という女性に一目惚れし,見事に交際に漕ぎつける。しかし,愛奈はとても金遣いが荒く,洋介は自分の経済状態に支障をきたすほどに貢ぎ上げされられる。そんなとき,同じコンパに来ていた田淵靖子とひょんなことから接点を持つようになる。靖子は愛奈の職場の先輩で,容姿はお世辞にもよいとは言えないが,世話焼きで自己犠牲精神が強い女性だった。愛奈のことで疲弊していた洋介は,無意識のうちに靖子に心を惹かれるようになる。

◆リケジョの婚活
 後藤恵美は,一人の男性・舘尾典彦を目当てに,テレビの婚活番組の企画に応募する。理系女子らしく,徹底した統計と計算のもとにアプローチの仕方を緻密にシミュレートし,典彦と良い感じになるところまで行く。しかし,最後の告白タイムで,恵美は惜しくも典彦に選ばれることなく終わってしまう。ところが,恵美は悔しさや悲しさを露にすることなく,妙に平然としていて……。

◆代理婚活
 35歳の石田孝一は,仕事にのめり込むばかりで結婚できる兆しがない。それを心配した両親の益男と郁子は,親どうしが婚活をする代理婚活パーティーに参加する。母の郁子が本命だと考えていた吉村葉子の両親が,孝一のことを気に入り,石田家に交際を申し出てきた。願ってもいない申し出に両親は喜ぶが,当の孝一は,家族どうしでの会食に一度顔を出しただけで,交際を断りたいと言った。しかし,益男が吉村家の母親・久恵を見初めてしまい,なかなか交際を断れずにいた。孝一が参加しない会食が繰り返され,やがて吉村家は,石田家の不自然な動きに不信感を抱く。


【レビュー】 ※以下,ネタバレが含まれています。
 タイトルや表紙の雰囲気からして,完全に女性目線の物語だと思っていましたが,女性が主人公の話は4編中2編だけです。冒頭でも書いたように,多彩な設定の話が集められているので,男性視点の話もあります。つまり,女性が読んでも男性が読んでも面白い作品ということです。

 作品別レビューを紹介します。

◆理想の男
 悩める主人公の女性が順調に交際に漕ぎつけたところまでは良いのですが,交際相手の男性・杉下と過去に交際していた女性がすべて亡くなっていたという事実を知った沙織は,真相を突き止めようと奔走します。沙織だけでなく,読んでいる誰もが「杉下が殺したのか?」と疑心暗鬼になるようにリードされていますが,実は違ったのです。では真相は何なのか? 登場人物が少ないので,考えられる結末は自ずと絞られてくるのですが,それでもそのどんでん返しに驚かずにはいられません。
 【紹介】のパートで「イヤミス」と書いたように,この話もかなり悲惨な結末です。少なくとも沙織にとってはハッピーエンドではない,ということだけ述べておきます。

◆婚活マニュアル
 このまま洋介が靖子とゴールインすることになれば,美しいハッピーエンドだったと言えましょうが,残念ながらそうはなりません。ただ,結末の部分はミステリーの肝なので,ここでは言及しないでおきます。
 言葉を選ばずに言うと,イヤミス小説を象徴するかのような胸糞展開です。(作品そのものを腐す意図ではありません。)それを覚悟のうえで読むのがよいと思います。

◆リケジョの婚活
 全国ネットのテレビ番組を背景にした婚活なので,スケールはとても大きいです。その分,ライバルの女性も多く,理系女子が得意分野を活かして奮闘するわけですが,結果としてはライバルに敗れてしまいます。
 それなのにもかかわらず,恵美がやたらと落ち着いているのはなぜか……? これがこの話の肝になります。
 最初の2編とは異なり,目に見えてバッドエンドと言える展開ではありません。しかし,主人公のサイコぶりが最後の最後に露呈されるというオチです。
 読後感が読者によって最も分かれる作品だと思います。

◆代理婚活
 主人公が,婚活する本人ではなくその父親であるという点が,他とは一線を画しています。しかも,本人の孝一はこの件にまったく乗り気でなく,父親の益男が相手の母親に恋心を抱いてしまうという,かなり入り組んだ設定です。
 老齢夫婦どうしのやり取りなので,話の展開は非常に落ち着いています。婚活そのものよりも,益男の心情変化を味わう物語だと言えます。ただ,ずっと煮え切らない態度で相手夫婦をだまし続ける展開には,読んでいてハラハラさせられます。
 終盤に来て吉村家が疑いの目を持ち始める場面があります。しかし,追い込まれた益男を「ある事実」が救います。同時に,この「事実」が物語のどんでん返しになっています。「なんと! そう来たか」と感心せずにはいられなくなるオチです。
 「事実」が発覚したあとのエピローグは,とても穏やかなものです。そういう意味で,4編の中で唯一,明確にハッピーエンドと言える話なのかもしれません。


 私は婚活をしたいと考えている立場でなく,本来であれば「婚活」という題材に興味を示すはずはないのですが,それでもこの本を手に取ったのには,2つの理由があります。
 ひとつは,秋吉理香子さんという作家の存在を知り,どれか1冊読んでみたいと思ったことです。このあと,秋吉さんの別の作品も読みました。別の機会に紹介できればと思っています。
 もうひとつは,婚活をテーマにしたミステリーという題材がとても新鮮に思えたことです。恋愛小説の延長のようなものだったら嫌だなと思っていましたが,そういう類のものではなく,読んで大正解でした。
 婚活に興味があろうがなかろうが,ミステリー好きの人すべてにおすすめしたい1冊です。