第二章 三年前

 

 ばあが入所してからの自宅は、想像していた以上に静寂としていた。二階建ての一軒家に貞夫は一人で住むことになった。何もかも自由になり、ばあの身を案じなければならないこれまでの心労がなくなった反面、夜に帰宅すれば家の中は真っ暗。「おかえり」と言ってくれる人もいない。まるで別の住居に引っ越したような感覚だった。

 

 貞夫は何度か施設に面会に行った。ばあは車椅子生活になっていたが、頭ははっきりしていて、きちんと会話することができた。おまけに、施設では食欲旺盛なのだそうだ。

 「眼鏡を家に置いてきてまったから持ってきて。」

 「ここの金は払えるんか?」

などと、つじつまの合った発言も聞かれた。

 「病気を患っとるわけじゃないから、こりゃ当面だいじょうぶだな。」

と貞夫は安堵したものだ。

かなり昔のことだが、ばあは冗談めかして、

「百二十歳まで生きる。」

と言ったことがある。まあ、百二十はアレとしても、百歳までは生きられるといいな、と貞夫は思っていた。

 

 ばあが入所してまもなく一年になろうとする年の瀬、久しぶりに施設に面会に行った。ばあは入所したばかりの頃よりも顔色がよくなり、

 「おお、来てくれたか。やっとかめだなぁ。」と貞夫を歓迎してくれた。最初は渋っていた施設生活も気に入ったようで、

 「皆んなええふうにしてくだれる。あんたが入れてくれたんやなあ。」

と面会のたびに言っていた。

 ばあはもともと内弁慶タイプで、家では意固地さや卑屈さが見られることが多かったが、一歩外に出ると、声が一オクターブ上がり、とても控えめでお行儀がよくなる人だった。なので、本心から施設生活を気に入っていたのかは、正直なところ、わからなかった。施設の職員も見ている手前、社交辞令を言ったのだと考えることもできる。それでも、安心できる環境で何事もなく暮らしてもらえるだけで、貞夫はよかった。近いうちに、一日だけ帰宅させてもらえるように頼んでみることも検討していた。