107A41
58歳の女性。腹部膨満感と全身倦怠感とを主訴に来院した。3ヶ月前から腹部の膨満感を自覚していた。3週間前から全身倦怠感が著明になったため受診した。身長158cm、体重60kg。体温36.8℃。脈拍80/分、整。腹部は腹水のため膨隆している。下肢に浮腫を認める。血液所見:赤血球418万、Hb12.5g/dl、Ht39%、白血球9500、血小板31万。血液生化学所見:総蛋白4.8g/dl、アルブミン2.1d/dl、尿素窒素6.7mg/dl、クレアチニン0.5mg/dl、総ビリルビン0.4mg/dl、AST29IU/L、ALT7IU/L、LDH368IU/L(基準176~353)、Na131mEq/L、K4.0mEq/L、Cl101mEq/L、CA19-9 22U/ml(基準37)、CA125 4411U/ml(基準35以下)。動脈血ガス分析:pH7.43、PaCO2 44Torr、PaO2 81Torr、HCO3- 28mEq/L。骨盤MRIのT2強調矢状断像と横断像を次に示す。
治療方針を決定するための検査として重要性が低いのはどれか。
a.胸部CT b.腹水穿刺 c.凝固・線溶検査 d.子宮内膜細胞診 e.下部消化管内視鏡検査
正解:d
この問題は正答率57%と低いですが、全然変な問題ではないです。
ただ、考えることが多いので、確かに難しいかもしれません。
では、初診時から経時的に考えていきましょう。
・主訴は腹部膨満感と全身倦怠感
腹部膨満感があるということは、腹腔内に腫瘤か腹水があると考えられます。
本問は腹水と明記されていますので、触診で波動を触れたのでしょう。
下肢に浮腫を認めることからも、血管外に血漿成分が漏出していることが示唆されます。
血管外に血漿成分が出ていく病態としては、
①炎症に起因する血管透過性の上昇
②静脈圧の上昇による血管外への漏出
③血漿浸透圧の低下
などが想定されます。
①:炎症が起こると、それを鎮めるために白血球や抗体を送り込む必要がありますが、それらは血管を通って移動してきた後に、炎症部位に放出される必要があります。そのために血管孔が開くので、血漿成分も一緒に出ていってしまうというわけです。
癌の腹膜や胸膜への転移(腹膜播種・胸膜播種)が代表的です。
「種を播(ま)く」の言葉どおり、卵巣癌や肺癌が漿膜面より表層に出てきて、腹腔内や胸腔内に種を播くように散らばり、腹膜・胸膜に生着して増殖することから、このように呼ばれます。
こうなると、その部位で炎症が起こり、前述の機序で腹水あるいは胸水が溜まるわけです。
これを、癌性腹膜炎・胸膜炎といいます。
本問は、状況的に明らかに癌性腹膜炎だと思われます。
②:肝硬変による門脈圧亢進症、あるいは心不全が代表的ですね。
静脈あるいはリンパ液の流れがせき止められてしまい、うっ滞してしまう状態です。
③ネフローゼ症候群が代表的です。
腎糸球体において蛋白質が尿中に排出されてしまうため、血漿浸透圧が低下し、保持できなくなってしまいます。
尿蛋白3.5g/日以上で診断に至りますが、本症例では尿所見までは記載がないですね。
全身倦怠感の原因は多岐に渡りすぎるので、ひとまずスルーします。
・身長158cm、体重60kg
BMI24ということで、中肉中背ですね。
以前の体重が示されていないので、急激な体重減少があるかどうかは分かりませんが、あれば書いてあると思うので、悪液質(第31回参照)まではないと推定されます。
・体温36.8℃、脈拍80/分、Hb12.5g/dl
平熱ですが脈拍はやや高いですね。そしてヘモグロビン濃度は正常。
脈拍が高いということは、それだけ末梢に血液を循環させる必要が生じている、つまり酸素がやや不足気味だということです。
酸素は赤血球中のヘモグロビンと結合して運搬されるので、ヘモグロビンの絶対量が少し足りていないのでしょう。
ヘモグロビン濃度は正常、でも絶対量が足りないということは、それだけ溶媒、つまり血液の量が少ないということです。
濃度が正常でも、溶媒が少なければ溶質も少ないですからね。
これも血漿成分の血管外漏出を示唆しています。
・総蛋白4.8g/dl、アルブミン2.1g/dl、Na131mEq/L
血中から蛋白がかなり失われていますね。
総蛋白7.0g/dl以下で低蛋白血症、アルブミン3.5g/dl以下で低アルブミン血症です。
腹水中に漏れていると考えて間違いないでしょう。
また、ナトリウムは135mEq/Lが下限値なので、低ナトリウム血症ですね。これも腹腔内に漏れていると思われます。
・総ビリルビン0.4mg/dl、AST29IU/L、ALT7IU/L
肝障害はない、つまり、腹水の原因は肝臓にはないということです。
・CA125 4411U/ml(基準35以下)
なんといっても目立つのはこれですね。
CA125は卵巣癌に対応した腫瘍マーカーなので、卵巣癌を強く疑います。
しかし、ここで考えてほしいのは、最初から腫瘍マーカーを測定するのか?ということです。
おそらくこの患者さんは最初に内科を受診したと思います。
そして、初診で担当した内科医は、触診で腹水貯留を疑い、血液検査とCT検査を行ったはずです。
腹水はなくとも、全身倦怠感だけで血液検査まではすると思います。
そして、この血液検査ではCA125までは測定していなかったと思います。
CTで骨盤内腫瘤を認めたため婦人科にコンサルトされ、経腟超音波検査で腹水と卵巣腫瘍を再度確認され、卵巣癌を強く疑う状況ということで腫瘍マーカーを追加するとともにMRI検査を行った、という流れだと思います。ちなみに腫瘍マーカーはすでに採取された血液で測定できるので、追加で採血する必要はありません。
僕自身、国試の勉強をするときに、「腫瘍マーカーが高いって条件が書いてあるから癌ってすぐに分かるけど、実際は、癌を疑わなければ行わない検査なのだから、他の条件だけで癌だと分からないとダメだよね。」と思っていました。MRIだってそうです。
ということで、実際の流れを書いておきました。
最終的にMRI検査するなら、最初からCTじゃなくてMRIにすればいいのでは?という疑問があるかも知れないので答えておきます。
CTは胸部~骨盤部でも数分で終わりますが、MRIは骨盤部だけで20~30分かかります。
ですので、MRIは「そこに確実に何かある」状況でないと行いません。
もし仮に、内科ではなく最初から婦人科を受診していたとしたら、まず経腟超音波検査をするので、CT検査の段階は経ずにMRI検査を行うことになるでしょうね。まあ、最初から婦人科を受診するとは考えにくいですが。
最後に画像を見ておきましょう。
押しつぶされて引き伸ばされた子宮があり、その前後に辺縁不整な腫瘤があります。
これが卵巣癌だと思われるものです。
本当に癌かどうかは、摘出して病理検査を行わないと分かりません。
術前に組織型まで判明する子宮頸癌・子宮体癌とは、この部分が大きく異なります。
なにせ、卵巣は外界と交通していないので、一部だけ取ってくることができませんからね。
そして、周囲を腹水が満たしています。
さて、ずいぶん長くなりましたが、ここから選択肢の吟味に入ります。
a.胸部CT:肺転移の有無を確認するために必要ですね。実際は、胸部だけではなく、頚部(首)まら骨盤部までの造影CT検査を行います。
胸部CT検査は、肺転移の有無を調べるという意味合いになりますが、これは血行性転移を想定したものです。静脈血は最終的に肺に行き着くので、原発巣がどこであれ、肺は血行性転移しやすい臓器ですからね。
しかし、卵巣癌はリンパ行性に転移しやすいので、検索するのは肺だけでは不十分です。
リンパ行性に転移しやすい臓器、すなわちリンパ節の検索も必要です。
最終的に行き着くのは頚部(首)リンパ節なので、頚部から骨盤部まで造影CT検査を行う必要があります。
さて、これが治療方針の決定にどう影響するかですが、
手術の前に化学療法を先行させるかどうか
を検討するファクターになります。
この症例は、このあと間違いなく手術をします。
ですが、手術で原発巣を除去し切れないような進行例に対しては、術前に化学療法を先行させ、ある程度縮小させてから手術を行うことがあります。
これを術前化学療法(NAC:neoadjuvant chemotherapy)といいます。
詳細はガイドラインを参照してください。
b.腹水穿刺:腹水中に癌細胞が検出されれば、組織型までは分かりませんが、少なくとも癌であることが分かります。
そして、MRI画像で原発巣が卵巣であると分かれば、卵巣癌と診断できます。
また、腹水中のアルブミン濃度が高ければ、やはり血管からの漏出であると証明できます。
よって、検査としての腹水穿刺という意味であれば、間違いなく有意義です。
一方で、治療としての腹水穿刺という意味では、検討が必要です。
腹水を除去すれば、一時的に腹部膨満感は消失し、楽になりますが、それはあくまで一時的なものであり、またすぐに溜まります。
そして、そのときにますます血中から蛋白質が失われます。
ですので、基本的には病巣の除去が先です。
しかし、実はその問題点を解決した方法があります。
腹水濾過濃縮再静注法(CART:cell-free and concentrated ascites reinfusion therapy)といい、吸引した腹水から癌細胞、細菌、血球、余分な水分を除去し、アルブミンとグロブリンを残した濃縮液を静注するという治療です。
基本的には、これから手術を行うことを想定していない難治性腹水例が対象になります。
例えば、腹水貯留を伴う再発癌で、病巣に対して化学療法を行いつつ、腹水をどうにかしたい、というようなケースですね。
本症例に関しては、手術のときに腹水除去して、術後にアルブミン製剤を投与すれば済む話なので、術前にそこまでする必要はないと思います。
c.凝固・線溶検査:これは血液検査ですね。悪性腫瘍があると凝固能が亢進しますので、必要な検査です。
悪性腫瘍で凝固能が亢進する機序は、分子レベルで説明すると細かくなりすぎるので割愛します。
イメージとしては、癌は自分に栄養を集めるために血管を増生させますが、それだけだと出血のリスクが大きくなるので止血能力も高めている、という感じでしょうか。
検査項目として最も重要なのがD-dimerですが、これはフィブリンの分解産物ですね。
ゆえに、これが高値である場合は積極的に血栓の存在を疑う必要があります。
深部静脈血栓症は下肢に起こりやすいので、行う検査は下肢静脈エコーですね。
造影CT検査がすでに終わっているならば、下肢の血管と肺の血管を注意深く見る必要があります。
もっとも、もし血栓があれば放射線科医の読影レポートに書いてあるはずですが。
仮に血栓があったとしたら、手術より先に血栓の治療(ヘパリン・ワーファリン療法)をしなくてはなりませんので、循環器内科にコンサルトですね。
d.子宮内膜細胞診:仮にこの骨盤内腫瘤が子宮体癌であれば必要な検査ですが、子宮内腔に腫瘤性病変はなく、線状の子宮内膜が確認できるので、ここを検査したところで正常子宮内膜が取れるだけです。
e.下部消化管内視鏡検査:これだけのサイズの卵巣癌であれば、当然腸管と広範囲で接していますので、直接浸潤している可能性があります。もし仮に腸管内に腫瘍が浸潤していたら、その部分は切除しないといけませんから、消化器外科との合同手術になります。ですので、これは術前に調べておく必要があります。
ということで、正解はdです。
p.s. 卵巣癌は組織型が多くて非常にややこしい疾患です。国試の問題でも、「そこまで聞く?!」と思うような細かいものが散見されます。しかし、幹がしっかりしていないのに枝葉を暗記したところで無意味ですので、できるだけ全体像を見失わないような解説を作るつもりです。卵巣癌は問題も多いので、5,6回くらいになると思います。
次回は「卵巣癌②」です。
(次回の問題)
90E30
53歳女性。下腹部の膨満感を主訴に来院した。内診と画像診断とで両側の卵巣腫瘍が確認され、卵巣癌と診断した。左側卵巣に手拳大、右側卵巣に鶏卵大の一部充実性腫瘤を認めた。子宮及び卵管表面に約1cmの播種巣が数カ所存在したが、いずれも骨盤内であり、その他の部位には病変は認められなかった。摘出卵巣腫瘍のH-E染色標本を次に示す。砂粒小体の沈着を伴う腺癌である。
この患者について正しいのはどれか。2つ選べ。
a.腫瘍内容液は粘液性である b.発生母組織は卵巣表面上皮である c.臨床進行期はⅡ期である d.血性α-フェトプロテインが高値を示す e.術後は放射線治療が第一選択となる