前回予告した通り、悪性腫瘍の問題に入る前に、一般的な話をしておきます。

 

<腫瘍の定義>

まず、腫瘍とは、「細胞が生体内の制御に反して自律的に増殖することによってできる細胞集塊」と定義されます。

腫瘍は良性と悪性に大別され、後者を平仮名で「がん」と呼びます。

ただし「がん」の中には、集塊を形成しない悪性疾患である白血病も含まれるので、イコールではありません。

そして、表皮・粘膜上皮・腺上皮・実質臓器などの上皮性組織の細胞が由来であれば漢字で「癌(carcinoma)」と表記し、結合組織・脂肪組織・筋組織などの非上皮性組織の細胞が由来であれば「肉腫(sarcoma)」と表記します

両方が混ざっているものを「癌肉腫(carcinosarcoma)」といいます。

 

 

<悪性の定義>

何をもって「悪性」というのかというと

①浸潤・転移する

②悪液質を引き起こす

という2点を有しているかどうかによります。

 

浸潤とは、腫瘍が増殖することで他臓器を直接侵食することで、転移とは、血管やリンパ管を通って腫瘍細胞が移動し、行き着いた先で増殖することです。

 

悪液質というのは、「基礎疾患に関連して生じる複合的代謝異常」のことで、必ずしも悪性腫瘍にのみ見られるものではありません。

著明な筋組織の減少やインスリン抵抗性の上昇を特徴とします。

要は、腫瘍細胞が増殖するための栄養を、筋肉を分解することで手に入れたり、他の細胞に入るはずのグルコースをぶんどったりして手に入れているということです

 

例えば子宮筋腫なんかは、①も②もないので良性腫瘍に分類されるわけです。

 

 

<悪性腫瘍で命を落とす理由>

色々ありますが、浸潤・転移により、侵食された臓器の機能が低下することが主因となります。

その臓器が生命維持に必須の臓器であれば、機能低下は死に直結します。

また、腫瘍が増殖することで近くの血管を物理的に圧迫すれば、その先の臓器への血流が滞り、機能が低下しますので、同じことです。

これに悪液質が加わることで、どんどん衰弱していきます。

また、悪性腫瘍は血流に富むため、破裂して大量出血すれば失血死ということもあります。

 

 

<悪性腫瘍の病理像>

悪性腫瘍は、無秩序に増殖するので、肉眼的にはボコッとした塊として見えます。

そして、顕微鏡で見てみると、正常細胞とはやはり違いがあります。

↑これは子宮頸部の細胞をブラシでこすり取ってきたものです。扁平上皮細胞(詳しくは後述します)ですね。細胞質の中にポチッと見えているのが核です。

この扁平上皮細胞が癌化すると、↓このように見えます。

やたら核が大きい細胞が混じっていますが、これが癌細胞です。

癌化する細胞が扁平上皮細胞であれ腺細胞であれ、あるいは筋細胞であれ、核が大きくなるというのは共通しています。

ちなみに、ピンク色と青色の細胞が混在しているのは染色液の問題なので、悪性かどうかには関係ありません。これについてはまた別の回で説明します。

 

 

<婦人科領域の悪性腫瘍>

婦人科領域の臓器は、子宮・卵管・卵巣ですので、産婦人科医が関わる腫瘍は、これらに発生する腫瘍ということになります。

いずれの臓器も、上皮性細胞と非上皮性細胞が存在するので、癌も肉腫も発生し得ます。

つまり、子宮癌、子宮肉腫、卵管癌、卵管肉腫、卵巣癌、卵巣肉腫の6種類が考えられるはずです。

しかし、卵管肉腫と卵巣肉腫は、報告がないわけではない、というくらい稀です。

卵管癌も、婦人科悪性腫瘍の0.3%しかありません。

 

というわけで、子宮癌、子宮肉腫、卵巣癌に絞って勉強しましょう。

さらに子宮癌は、子宮体癌子宮頸癌に分けられます。

子宮体部の上皮性組織は主に腺上皮子宮頸部の上皮性組織は主に扁平上皮で構成されているので、違うものとして区別する必要があるからです。

では、子宮体部、子宮頸部、卵巣を順番に解説します。

 

 

子宮体部

↑これは子宮体部の組織です。上が内腔側、下が漿膜側です。子宮内膜は機能層と基底層に分かれます。

その層はほとんど上皮性組織で構成されているので、悪性腫瘍は大部分が(肉腫ではなく)癌です。

これが子宮内膜癌(Endometrial carcinoma)ですね。

子宮体癌といえば子宮内膜癌のことを指します

子宮内膜癌はほとんどが腺癌です。

機能層にたくさん円形の構造物が見えますが、これが腺上皮で、子宮体部に悪性腫瘍が発生するときはこの部分が悪性化することが多いからです。

 

子宮内膜における腺上皮以外の部分非上皮性組織なので、悪性腫瘍が発生した場合は肉腫に分類されます。

これを子宮内膜間質肉腫(Endometrial stromal sarcoma)といいます。

その下の子宮筋層(Myometrium)に悪性腫瘍が発生した場合も、もちろん非上皮性組織なので肉腫に分類され、子宮平滑筋に発生するので子宮平滑筋肉腫(Leiomyosarcoma)という名称になります。

 

 

 

子宮頸部

↑これは子宮頸部の断面です。

下が腟側、上が子宮側です。真ん中を上下に横切る空間が子宮頸管です。

さて、子宮頸部の上皮は見ての通り、腟側が厚く、子宮側が薄くなっています。

腟や子宮頸部のみならず、皮膚、口腔、咽頭、食道など、物理的刺激が加わる場所は、組織を保護するために重層扁平上皮(Squamous epithelium)で覆われています。

ある程度まで頸管の内部に入ってしまえば、物理的な保護は必要なくなり、頸管粘液の分泌という機能が必要になってきます。

この機能を有するのが円柱上皮(Columnar epithelium)です。

 

↑重層扁平上皮と円柱上皮の境界を拡大して見てみると、このようになります。

黒い線を境に、上が円柱上皮(Columnar epithelium)、下が重層扁平上皮(Squamous epithelium)です。

そして、その境界の黒い線をSquamocolumnar(S-C) junctionといいます。

下はまさに扁平な上皮が重層化しており、上は腺管構造が見えます。

S-C junctionは子宮頸癌の好発部位であり、細胞診を行うときにはここから検体を採取する必要があります。

 

さて、扁平上皮も円柱上皮も上皮性組織なので、いずれにせよ悪性化すれば子宮頸癌(Cervical cancer)という名称になります。扁平上皮が癌化すれば扁平上皮癌だし、円柱上皮が癌化すれば腺癌です。

ちなみに子宮頸部にも筋層はあるので、そこが悪性化したらもちろん肉腫ですが、肉腫に関しては発生部位が体部でも頸部でも「子宮肉腫」とひとくくりにされます。

 

 

卵巣

↑これが卵巣の断面図です。

表面から順に、表層上皮・皮質・髄質に分かれています。

皮質の中に卵胞があるのが分かると思います。

後述しますが、表層上皮は上皮性組織、皮質と髄質は間質性組織です。

「じゃあ表層上皮由来は卵巣癌で、皮質と髄質由来は卵巣肉腫だ!」と思うでしょう。

しかし、卵巣に関してはそう単純ではありません。

実際、卵巣腫瘍で肉腫に分類されるものは極めて稀で、ほとんどが癌に分類されます。

ですので、肉腫についてはここでは無視します。全部癌の話だと思ってください。

 

さらに、細胞単位で見てみても、子宮体癌と子宮頸癌が腺細胞・扁平上皮細胞にほぼ絞れるのに対し、卵巣の中には全然違う細胞が混在しているので、ますます分類がややこしくなっています。

 

まずは大きく、①表層上皮性・間質性腫瘍、②性索間質性腫瘍、③胚細胞腫瘍の3つに分類されます

 

①表層上皮・間質性腫瘍

上皮と間質が一括りにされている時点でプチパニックですが、卵巣腫瘍においては両者が種々の割合で混在することが多いため、きれいに分けられないんですね。

さらに、卵巣表層上皮は発生が複雑で、ミュラー管(卵管、子宮に分化する)と起源を共にするため、

・卵管上皮に類似する漿液性腫瘍

・子宮頸部の腺上皮に類似する粘液性腫瘍

・非妊娠時の子宮内膜腺上皮に類似する類内膜腫瘍

・妊娠時の子宮内膜腺上皮に類似する明細胞腫瘍

など、様々な組織型を有します。

 

悪性化する細胞は表層上皮だけど、その細胞が間質に分化するポテンシャルも秘めているため、一定の割合で間質の特徴を有する場合もあるということです。

 

②性索間質性腫瘍

皮質領域にある卵胞は、さらに↓顆粒膜細胞と莢膜細胞に分かれますが、まずはこれが分類されます。

また、間質(皮質と髄質)は一部にセルトリ細胞とライディヒ細胞を含んでおり、それらもここに分類されます。

 

③胚細胞腫瘍

卵母細胞に由来すると考えられていますが、どの段階で腫瘍化するのかは分かりません。

 

 

以上を踏まえ、それぞれの部位に①~③の分類を当てはめると↓のようになります。

 

p.s. 今回は悪性腫瘍の基礎ということで、問題はありませんが、それでもかなりのボリュームでしたね。

次回からはまた問題演習に入ります。

 

次回は「子宮頸部異形成①」です。

(次回の問題)

91E21

35歳の女性。帯下を主訴として来院した。腟壁に異常所見は認められない。子宮腟部のコルポスコピー写真と腟内容細胞診Papanicolaou染色標本とを次に示す。

この疾患の原因はどれか。

a.単純ヘルペスウイルス b.ヒトパピローマウイルス c.Candida albicans

d.Chlamydia trachomatis e.Trichomonas vaginalis