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ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…

 先日トランプが自身をローマ教皇に模した生成画像をSNSに投稿したが,あれを見た時,私は,トランプが選挙介入をしたがっているなと直感的に思った。選挙とはコンクラーベ(教皇選挙)のことにほかならない。実際コンクラーベで選挙介入があったかどうかはわからない。だが,トランプが自身に近い保守派の教皇を望んでいたことは間違いないだろう。そして,完全にノーマークだったプレボスト枢機卿(新教皇レオ14世)が圧倒的な得票で選出されて,トランプはさぞかし落胆したであろう。

 

 選挙介入があったかどうかについては,はっきりした証拠は出てこないだろうし,おそらく永遠にわからないかもしれない。だから,そのことをとやかく憶測で語っても詮無い。今,重要な論点として論じるべきはカトリックとトランプ政権との関係性である。

 

 トランプと前教皇フランシスコとの間には確執があったとされる。フランシスコはトランプの不寛容な移民政策を厳しく批判し,LGBTQに対しても寛容な態度を取った。社会的弱者に寄り添う姿勢が鮮明であったフランシスコは,歴代教皇の中でもリベラル派,改革派と見なされ,その基本的なスタンスはトランプの政策とは相容れない。今回選出されたレオ14世は,フランシスコの改革路線を継承するものと見られている。「トランプは落胆しただろう」と先ほど書いたのは,そういう意味においてである。つまりトランプのMAGA路線とは対立的な人物が再び教皇に選出されてしまったのである。

 

 新教皇レオ14世を改革派と見なすことには一定の留保が必要だが,少なくとも不寛容な保守ではなく,リベラル寄りの中道と位置づけるのが大方の専門家の評価のようだ。だが,レオ14世の直近の言動を見ると,むしろフランシスコよりもリベラルではないかとも思えてくる。ウクライナ戦争に関して,フランシスコが中立的な立場から早期の停戦を優先し,ウクライナに降伏を促すことさえあったのに対し,レオ14世は「私の心の中にはウクライナの人たちの苦しみがある」と明言し,侵略を受けるウクライナ市民に寄り添う姿勢を見せた。ガザの即時停戦,和平も訴えた。

 

 こういう新教皇のリベラル的な発言をトランプは快く思っていないはずだ。レオ14世は米国出身だが,同じ米国出身でも保守的な枢機卿が選出されることをトランプやMAGA陣営は望んでいたに違いない。だから何らかのディールを使って選挙介入をしたと思われるのだが,通商(関税)交渉で合意した中国やイギリスとは違って,バチカンはトランプのディールには乗らなかったということだろう。長い歴史の中で政治に翻弄され続けてきたバチカンが,今回の教皇選挙では政治に屈しなかった。そう見て良いのではないかと思う。今回のコンクラーベはカトリックへの信頼を高め,歴史はのちに一定の評価を下すだろう。

 

 問題はトランプのアメリカの方である。アメリカでは人口のおよそ2割をカトリックが占める。そのなかでも保守派の力が強く,トランプMAGAサイドに接近している。今の副大統領バンスもカトリックだし,第一次トランプ政権の中枢にいたペンスやバノンもそうだ。2016年の大統領選挙では,トランプ陣営はプロテスタント福音派(エヴァンジェリカルズ)のみならず,白人カトリック保守の票も多く取り込むことに成功し,それが結果,勝利につながった。そして,トランプ大統領誕生によって,福音派とカトリックは「保守」として一気に距離が縮まったのである。

 

 2020年の大統領選挙でトランプがバイデンに負けたのは,2016年の時とは違ってカトリック勢力を十分に取り込めなかったことが敗因の一つであったと考えられる。逆に,アイルランド系カトリックのバイデンはカトリックの宗教ナショナリズムを利用することで勝つことができた。

 

 バンスをはじめカトリックの閣僚を多く抱える現トランプ政権は,カトリックにMAGA(アメリカを再び偉大に)のイデオロギーを吹き込み,共和党支持を拡大しようとしている。そこで今,アメリカ社会で一定の影響力を持ち始めているのが,「MAGAカトリック」と呼ばれる人々なのである。MAGAイデオロギーで理論武装し,極右化したカトリック保守の台頭――これが今のアメリカで最も警戒すべき動きである。カトリックを自らのMAGA陣営に取り込めば,トランプ帝国は万全である。

 

 カトリックを味方につけることは,アメリカ国内だけでなく,国際政治においても圧倒的な影響力を持つことにつながる。だからこそトランプとしては,米国出身の保守派教皇を熱望していたわけである。そういうトランプの野望を打ち砕いたバチカンには希望があるといえよう。逆に,教皇選挙に介入までして自らの意に沿った教皇を選出させようとしたトランプは,国際政治における宗教のパワーをよく認識していたともいえる。今はトランプ関税だけが注目され,批判の的になっているが,グローバル社会が世俗的なものだけで動いているのではないことをトランプは肌感覚で知っている。その意味では侮れない。今後もトランプはバチカンに秋波を送り続けるだろうし,もともとは保守的な体質を持つカトリックの側も,中絶や同性愛,移民・難民,環境などの問題でトランプ政権と親和性が高い。歴史的にも反共産主義の立場を貫いてきたバチカンが,かつてナチスと親密な関係にあったように,いつトランプの独裁と手を結ぶかもわからない。だから私たちは国際政治の中で常にバチカンの動向を注視していかねばならない。

 

 松本佐保『バチカン近現代史』によれば,1945年2月のヤルタ会談で,カトリックの影響力について語ったチャーチルに対して,スターリンはこう言って一蹴したという。

「バチカンだって,教皇が何個師団持っているっていうんだい?」(同書p.243)

 

 

 バチカンは師団どころか軍隊さえ持っていない。武器によらないバチカン外交は,戦争放棄・戦力不保持を謳った憲法9条を持つ日本が学ぶべき一つの姿であり,平和への途である…