先日の日米首脳会談では日本製鉄によるUSスチール買収計画に関して,「買収ではなく投資で合意した」という意味不明な合意内容が報じられたが,要は米国トランプ側からすると,かつて米国を代表し,国名まで冠した老舗企業の「所有権」を絶対に他国に売り渡したくないという強い意志の表れなのであろう。いわゆる「買収」では「心証が悪い」とトランプが言っていることから見ても,これは企業の収益性や雇用といった経済合理性の観点からする選択ではなくて,アメリカ国家のプライドやナショナルな感情を優先した判断と言えよう。
一方で,トランプはパレスチナ・ガザ地区について,アメリカが土地を買い取り,所有すると言い始めた。この問題ではトランプは,ガザを「不動産用地」として,経済的な売買の対象と見ているわけである。代々にわたりパレスチナの人々が暮らしてきたパレスチナ・ガザの土地を,である。トランプの倒錯はここに極まっている。
歴史のある企業とは言え,今や経営不振にあえぎラストベルトの一角を占めるぐアメリカ鉄鋼メーカーの日本企業への売却は頑として認めない一方で,住民を域外へ強制移住させて,その土地をアメリカが買い取って開発をするんだと,実に身勝手なことを,というか民族浄化という国際法違反につながりかねないことを,トランプは言っているわけである。つまり,経済合理的に判断すべき民間企業の問題を国家主義の論理で処方し,民族自決権や人道主義の観点から解決すべき国際問題を経済的な取引の論理で解決しようとしているのだ。こういう相矛盾したアベコベな政策提案を何ら矛盾を感じることなく公然と主張できるのは,トランプもまた「アメリカ例外主義」の例外ではないからだ。
「例外主義」とは,三牧聖子さんの定義を借りれば,「アメリカは物質的・道義的に比類なき存在で,世界の安全や世界の人々の福利に対して特別な使命を負うという考え」(『Z世代のアメリカ』p.17~p.18)である。トランプもこの例外主義を免れていない,と私は思う。だが三牧さんは,「アメリカ第一主義」や「MAGA(アメリカを再び偉大に)」を掲げるトランプを,伝統的な「例外主義」を放棄した大統領と見ているようだ。
その就任演説に色濃く表れていたのは,「普通の国」願望である。つまり,今後アメリカは,他国がそうしてきたように,もっと自国の国益を赤裸々に追求すべきであり,自国の利益にも安全にも寄与しない対外介入などすべきではないというわけである。「アメリカ第一」を公然と掲げたトランプの当選は,アメリカの「例外主義」的な意識に支えられてきた国際秩序が重大な転換点にあることを意味していた。(同書p.20)
三牧さんの見方と違って私は,今回のUSスチール買収問題やガザ所有提案を見て,やはりトランプも「例外主義」という桎梏から逃れられていないと思った。「例外主義」的意識があるから,経済合理性も民族自決権もすっ飛ばした強引な政策提案ができるわけである。ひたすら国益を追求する「普通の国」の大統領なら,自国の企業やその従業員に経済的なメリットのある買収に口出ししないだろうし,また,紛争地域の住民を追い出して,その土地を買い取り観光地にするなどという民族浄化すれすれの提案を冗談でも言うはずがないだろう。やはりそこにはアメリカは特別な国で,他の国家や民族を領導すべき比類なき存在なのだという傲慢な「例外主義」的観念が息づいている。こういう観念が対外的に独善的な行動となって表れ,世界各地に混乱や対立,紛争を生み出してきたのである。
パレスチナ・ガザ地区は今,そういうアメリカの身勝手で傲慢な例外主義の犠牲にされようとしている。世界各地の市民が連帯してアメリカ例外主義に対抗し,何としてもガザを守りたい。そのためにも日米首脳には,USスチールではなくガザこそ「買収(買い取り)」は絶対ダメで,恒久停戦と復興に向けた協力と共同出資で合意しろよと言いたい。そして,トランプには下の映画「ノー・アザー・ランド」を見せてやりたいと思う。ガザの人々にとって故郷は他にないのだ!
「土地とは、私自身です。彼らはそれを奪っていくのです」