国民民主党があくまで「103万円の壁」や基礎控除の引き上げにこだわるのは実は,多くの人々が恩恵を受け国内景気を底上げする効果のある消費税減税などの大幅減税をやりたくないからで,こういう緊縮的な発想は言うまでもなく財務省由来のものである。現状ですでに格差が大きく開いている中で,このような基礎控除を引き上げることをやれば,さらに格差が加速度的に拡大していくのは目に見えている。
103万円→178万円への基礎控除等の引き上げが「高所得者に有利」との批判が見られますが果たしてそうでしょうか。日本の所得税は累進課税をとっているので、普段、高い税率を負担している方ほど「減税額」が大きくなるのは当然です。… pic.twitter.com/Lpk3JGsEQp
— 玉木雄一郎(国民民主党) (@tamakiyuichiro) November 6, 2024
玉木は累進課税を理由に否定しているが,基礎控除の一律引き上げが所得が多い人ほど減税額が大きくなって富裕層に有利であるということは明らかである。国民民主党が訴えている「手取りを増やす」という政策は,庶民に向けた大幅減税というイメージを抱かせるが,そのイメージとは裏腹に,その実質的な中身は富裕層減税なのである。「でも,とにかく減税だからいいじゃないか」として,国民民主党にフォローの風が吹いているというのが現在の政治状況と言えよう。だから,とうとう支持率で国民民主は立憲民主党を上回った。
こういう基礎控除などの所得控除の仕組みでは貧困や貧富の差といった資本主義固有の構造問題は解決できず,結局,不平等な経済・社会構造を半永続的に温存・助長することになる。低賃金などの劣悪な労働条件で働く非正規雇用は増え続け,それが働き方の「新常態」となり,労働者は最低限の生活を余儀なくされる。「103万円の壁」を取っ払って178万円にしたところで,こうした不安定で絶望的な雇用・労働環境は改善されるはずもなく,むしろ正規と非正規,大企業と中小零細企業,組織労働者と未組織労働者,男性と女性,都市と地方などの間で格差はますます拡大していくだろう。
本当に庶民や労働者の生活や所得を引き上げることを考えているなら,所得税にゼロ税率や税額控除の仕組みを取り入れるべきなのだが,国民民主党はあまり乗り気ではないようだ。消費税5%への引き下げも,選挙公約に掲げていたはずだが,選挙後には言わなくなった。もっともザイム真理教信者の国民民主党が消費税減税をやるはずもなく,選挙向けにリベラルなイメージをアピールしたかっただけなのだろう。
このようにゼロ税率や税額控除,消費税減税といった労働者の所得向上や格差是正につながる政策は完全に棚上げして,所得控除だけにこだわる今の国民民主党の姿勢を見れば,玉木らがどこを見て政治をやろうとしているかがわかる。すなわちグローバル企業,資本家,投資家,富裕層,経団連,財務省,そして自民党の方を見て,政策を立案し実行しようとしているわけで,決して庶民や国民の方を見ているわけではないことは明らかだろう。「103万円の壁」を178万円に引き上げることを自民党に強く要求したが自民党が渋ったから,協議を国民民主党の方で打ち切ったという(昨日の報道)。国民民主党が国民の味方を演じているけれども,実態は所得控除という財務省が敷いた土俵の上で喧嘩しているにすぎず,ザイム真理教という点では国民民主も自民も庶民の敵である。もういい加減,茶番はやめろと言いたい。
ゼロ税率や税額控除については,その昔,政府税調が検討したことがあったが,例によって財務省によって潰された。最近は,経済学者を中心に「給付付き税額控除」を推す人が多い。保守派・緊縮派の小林慶一郎でも,この「給付付き税額控除」に賛成している。小林は,雇用リスク(格差拡大)に対する有効なセーフティネットとして「給付付き税額控除」を推奨する。
給付付き税額控除とは,課税と給付を一体的に行う制度で,低所得の人は給付を受け取るが,所得が増えると給付から課税に滑らかに切り替わる制度である。…まず,所得ゼロの人には,給付金が支給されて最低所得が保障される。所得がプラスになると,手取りが減らない範囲で徐々に給付金が減額され,一定の所得水準に達すると,給付金がゼロになり,それ以上の所得になれば課税されるようになる。
(小林慶一郎『日本の経済政策』中公新書p.201)
税額控除の方が,所得控除よりも格差是正効果があり,中低所得者への減税という性格が強い。だが,この「給付付き税額控除」では,マイナンバーによる所得・資産の把握や銀行口座との紐付けが必要となるのですぐには実現不可能だし,ベーシックインカム的要素の強い「給付」には財務省が強く抵抗するに違いない。とはいえ,所得控除の議論の先には税額控除の話が出てくるはずで,最大野党の立憲民主党は最優先にこれを主張していた。その意味では立憲は国民民主よりはまともな政党と言えるが,一方で,この「給付付き税額控除」には右派や新自由主義陣営にも賛同する者が多い。なぜなら,セーフティネットをすべてこの制度に統合することにより生活保護などの社会福祉を削減することができ,結果として「小さな政府」を実現することができるからだ。また,デジタルによる効率的な管理社会化を前提としているがゆえに,人権よりも政府の権限を優先する緊急事態条項などの憲法改正にもつながりかねない制度である。だから,この制度には十分な留意が必要で,私は俄かには賛同できない。
貧困や格差の問題を解決し,この30年の不況を克服するのに今,必要とされる政策は「給付付き消費税減税」だと私は思っている。少なくとも「消費税減税」なら,多くの野党が訴えているものだし,次の参院選で有権者が賢明な選択をし,国民的な消費税反対運動が巻き起これば,十分に実現可能ではないかと思う。特に,食品などの生活必需品はゼロ税率にすべきである。それだけでも中低所得層は現状の苦しい生活から脱け出すことができるかもしれないし,病気や障害などさまざまな事情で生存ぎりぎりの生活を強いられている貧困層には加えて給付を継続的に実施すればよい。これこそが生存権を守る経済政策であろう。
私が頭に来たのは,基礎控除の引き上げを生存権を守る政策だと主張する国民民主党の欺瞞的な態度なのである。基礎控除(103万円の壁)の引き上げというのは,先ほども書いたように所得の高い人ほど軽減額が多くなる効果があるので,今すでに大きな格差が存在する中でこれを実施すれば副作用が大きすぎる。さらに長い視野で考えると,こうした格差の拡大を放置しておくなら経済成長にもマイナスの影響があるということである。
どちらかと言えば,新自由主義的な政策や経済の停滞が格差の拡大をもたらしたと考えられていて,それは正しい認識だが,一方で格差拡大が経済の停滞をもたらすという因果関係も存在する。格差拡大が経済成長を低下させるということは,経済学の理論や実証の研究で明らかにされている(小林,前掲書p.196~p.201)。つまり基礎控除の引き上げで低所得者の目先の手取りが多少増えたとしても,中長期的には格差が拡大することによって経済成長は低下し,人々の生活は一層苦しくなる。さらなる貧困や貧富の格差が日本社会を覆うわけである。だから格差拡大をもたらすこういう政策は絶対にやってはならない。その観点から今の「103万円の壁」をめぐる政局を見ていると,庶民をバカにした茶番としか私には思えないのである。本当に気分の悪い年末である。
国民民主党に引きずられて地獄に堕ちるか!国民民主党の欺瞞を暴いて生き延びるか!
――明日は私たち名もなき市民の手にゆだねられている…