「パレスチナの現実を知るために」(重信房子) | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…

 ここ数日はめまいと吐き気に苦しめられ,皆さんのブログへの訪問もおろそかになってしまいました。お詫びします。昨日,病院で点滴をして多少落ち着いたような気がします。地震と同じで,いつ襲ってくるかわからないので普段から気を付けておかねばなりません。

 

 さて,ちょっと前に『現代短歌』(7月号)という文芸誌を買って読んでみたのだが,そこに載っていた掲題の重信房子の寄稿文が,前回記事で紹介したイスラエルへの抗議活動を行っている若者たちの言葉や主張と重なり合い,共鳴しているのを興味深く感じた。いわゆる「団塊の世代」の重信と,ミレニアル世代やZ世代の若者たちがこうして自然と結びつくのは,やはりパレスチナ問題の普遍性によるものといえよう。すなわち,重信と若者たちは「パレスチナの視座」を共有しているのである。パレスチナ人の眼から世界の現実を見つめているから,彼ら・彼女らの声は共振しているのだ。

 

パレスチナの視座から世界をみると世界の欺瞞がよく見えます。欧米のダブルスタンダードが世界を壊し続けている現実をパレスチナの友人たちは良く知っています。

(『現代短歌7月号』p.60)

 

 これまで米国をはじめとする国際社会はイスラエルによる国際法違反の占領・入植を見て見ぬ振りをし,安保理では拒否権を使ってまで「イスラエルの自衛権」を護ってきた。この国際社会の欺瞞,ダブルスタンダードによって,パレスチナの現実は広く世界に知られることがなかったわけである。しかし,10・7「アルアクサの洪水作戦」の結果,世界の目がパレスチナに向いた。この今こそ,可視化されたパレスチナの歴史と現実を直視し,イスラエルによる占領・民族浄化・ジェノサイドを止めさせるとともに中東情勢を和平へと転換させるチャンスなのだ。

 

 なお,昨日の長崎の平和式典にジェノサイドを続けるイスラエルを招待しなかったのは当然だが,それに反発する形で欧米の駐日大使が式典への出席を拒否したことは,欧米の二重基準を世界に晒す結果となったといえよう。

 

 

 

 前回紹介した若者たちは,10・7以降にパレスチナに関心を持ち,イスラエルへの抗議活動を始めた人たちだが,そのように10・7というのは,世界が見捨てていたパレスチナの歴史と現実を改めて世界に知らしめたという点でも重要な意味を持った。10・7によって,イスラエルによる占領・民族浄化に反対してパレスチナ人に連帯する動きが世界に広がった。私が感じた重信世代とミレニアル・Z世代の共鳴も,その動きの中に位置づけられよう。

 

 「パレスチナの視座」を持つことで,世代を超え,地域を超えて,市民・民衆は連帯し世界を動かすことができる。例えば,イスラエルの占領政策は国際法違反であり,パレスチナから直ちに入植者は撤退すべきだとする下の国際司法裁判所の勧告的意見は,長年アパルトヘイトで苦しんできた南アフリカの提訴が直接のきっかけだが,それは市民によるイスラエルへの抗議運動の積み重ねがあったからこそできた提訴といえよう。また,米国が拒否権を行使することなく安保理が停戦決議を採択できるようになったのも,米国市民の批判・抗議を受けた結果である。日本でも,市民有志の抗議活動によって,伊藤忠商事子会社とイスラエル最大の軍需企業「エルビットシステムズ」との取引契約を停止に追い込んだ。

 

 

 「パレスチナの視座」を持つとは,重信が寄稿文の中で書いているように,被占領者,被抑圧者,被害者,弱者の視点を持つということである。日本など西側の報道では,「イスラエルとイスラム組織ハマスとの戦争」といった表現でイスラエルとパレスチナをあたかも対称的な関係であるかのように報じ,「パレスチナの視座」を排除しようとする。だが,侵略者・占領者であるイスラエルと被占領者であるパレスチナとは圧倒的に非対称の関係なのだ。それを前提にして暴力や戦争の問題を考えなければならないし,パレスチナ問題の解決策を模索しなければならないのだ。

 

 今,ハマースなどパレスチナ勢力を非難する前にまず考えてほしいのです。だれが占領者なのか?と。占領者はイスラエルであり,パレスチナ人は,占領された土地に住む被占領者,被害者であるということ。この前提を抜きにした発言が横行してきたことが,平和解決をここまで損なってきました。・・・

 まず占領,占領者が裁かれ,占領をなにより終わらせるべきなのです。占領者と被占領者の暴力を同列に置いてハマースが悪いなどと論じるのは欺瞞です。占領された人々が,人間の尊厳を掲げて戦うことは国際法,国連決議でも認められてきました。

(同誌p.57~p.58)

 

 私は『現代短歌7月号』を読むまで,こうした「パレスチナの視座」を持つ上で文芸作品がかくも大切なものとは思いもしなかった。ガザを特集した本誌には,重信房子の短歌が66首掲載されているが,これらの作品はすべて「パレスチナの視座」から詠まれている。重信は,パレスチナを詠う歌人としての地位を確立したかのようだ。パレスチナ苦難の歴史が彼女の歌には深く刻まれている。そして何よりパレスチナへの愛が痛いほど伝わってくる。彼女の歌を読めば,「パレスチナの視座」が何なのかが見えてくる。なお,作家カナファーニが重信の友人であったことは下の歌で知った。

 

パレスチナ「帰還の権利」認められつ七十六年今も帰れぬ

 

パレスチナの旗に包まれ地に還った友カナファーニの「ハイファにて」読む

 

「連帯はやっぱり愛です」パレスチナの少女が光る眼を据えて言う

 

いのちと飢餓ナクバ新たなホロコースト止め得ぬ世界で叫び続ける

 

(同誌p.28~p.35)

 

 そんな重信の歌の中で,一つ違った意味で感慨深く読んだのが下の歌であった。

 

パレスチナ身捨つるほどの祖国あると羨みしわれも喜寿を越えたり

 

 これはもちろん寺山修司の有名な短歌「マッチ擦るつかのま海に霧ふかし身捨つるほどの祖国はありや」を受けて作られたものだが,重信は寺山が詠んだ祖国=日本への不信感を受け継ぎながら,「身捨つるほどの祖国」があるパレスチナの人々を羨んでいるうちに喜寿になったなあ,と歌っている。二人の根底にあるのは祖国喪失感。戦後,信頼していた祖国を見失った感覚というのは,いわゆる戦後世代に広く共有されているものだろう。今の世代にはあまり共感を得られないのかもしれないが,私には「身捨つるほどの祖国」ありやなしや!という寺山ら戦後派の微妙な屈折した心情がよくわかる。戦後派の作品が好きで,よく読んできたせいもあるかもしれない。だから,「身捨つるほどの祖国」があるパレスチナやウクライナの人々に思いを馳せるのである。

 

 

 岸田政権が憲法への自衛隊明記で国民投票,とかいう報道に接すると,ますます「祖国」が失われていく感が強くなって残念な気持ちになる。また,ガザでその殺傷能力を「実証」したイスラエルの殺人ドローンを「性能が良い」からと安値で購入しようとする日本を「祖国」と呼べるか。ジェノサイドに直接加担する国を「わが祖国」と決して誇りたくはない。いつか帰れる場所,祖先の生まれ育った土地,自分のルーツといった意味合いでの「祖国」という言葉が,日本ほど馴染まない国はないように思える。だからこそ,「祖国」をパレスチナに重ね合わせる重信の歌が胸を打つ・・・