『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』(亜紀書房) | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…

 前回記事では,黒田日銀の異次元緩和は2%のインフレを実現できずに,結局のところ国債の引き受けによって財源を調達したにすぎない,ということを書いた。この財政ファイナンスこそ黒田緩和の真のねらいであった,と。今日は,この日銀の国債引き受けによる財源調達が何を意味するのかを考えてみたい。

 

 左派やMMT派の経済学者の中には,この通貨増発による財源調達を肯定的に評価する人が多い。例えば,山本太郎の経済政策上の師でもある松尾匡さんは,その代表といえよう。掲題の本で松尾さんは,アベノミクスを「金融緩和と政府支出の組み合わせ」として理解し,それはケインズ主義の政策枠組みと同じだという評価を下している。

 

もともとこういう慢性的なデフレの状態を解消するために考え出されたのがケインズ経済学で,金本位制をやめて金融緩和でお金をドンドン刷るというのもその一つです。金融緩和で政府がお金を刷って低金利にして,中小企業でもお金を借りて設備投資をしやすくしたりして,需要を押し上げようという政策ですから。そしてその金融緩和で刷ったお金を使って財政出動するということは,政府自身が大きな買い物をすることによって,総需要を押し上げるという政策なので,この二点がいわゆるケインズ主義政策の基本的な柱になります。

(ブレイディみかこ他『そろそろ左派は〈経済〉を語ろう』亜紀書房p.167)

 

 

 

 こういう風に説いて,松尾さんは金融緩和を支持するのである。つまり,政府が発行した国債を,日銀が買い取ってお金をどんどん刷り,財政出動の原資にすればいい,と。

 

 こういう「金融緩和と財政出動の組み合わせ」を,松尾さんはケインズ主義政策だという。だが,これはちょっと凡庸というか,俗流ケインジアンの考え方であろう。私が「凡庸」とか「俗流」と言うのは,とにかくお金をばらまけば不況を脱却して景気を回復できると短絡的に考えているように思えるからである。不況対策のために赤字国債を財源にして財政出動を進めていく――ケインズ経済学はそんなに安易で単純な政策を教えているのだろうか。

 

 松尾さんは,景気回復のプロセスをケインズ理論に沿って,およそ次のように描いている――大規模緩和→公共投資→有効需要の増加→所得の増加→支出増加→さらなる需要増加→・・・。

 

 この需要増の波は第二次,第三次になるにつれて低減していく。したがって,公共投資が誘い水になって民間投資を誘発しない限り,景気上昇には結びつかない。公共投資による景気回復は一部にとどまり,全体に波及しない。日本の現状は,そういう民間の設備投資に波及していく状況にないことは前回も書いた。いくら低金利になっても借り手企業が現れないのだ。だから結局,黒田日銀の金融緩和政策(≒財政ファイナンス)は,景気対策としては効果がなく,ただ国債を累積させただけということになる。

 

 私もMMT派と同じく,こうした国債累積で直ちに日本の財政が破綻するとは考えていない。とはいえ今後,日銀が国債を買わなくなって国債が市場に出まわった場合,国債価格が下がり,よって国債の金利が急騰することが懸念される。金利が上がれば,新規発行の国債から利払費が膨らみ,財政赤字が加速度的に拡大していく,といった事態も考えられなくもない。

 

 このように景気上昇は起こらず,ただ財政赤字を拡大するだけなら,金融緩和を行う意味はないだろう。意味がないだけでなく,副作用が大きすぎるのだ。私は,掲題の本で松尾さんやブレイディみかこさんたちが唱える反緊縮=積極財政の立場に賛同するのだが,それとのセットで金融緩和を行うことには反対なのである。こんなのは本来のケインズ経済学ではない。

 

 本来のケインズ政策の姿は,「完全雇用余剰」によって生まれた財政黒字をたくわえ,それを不況期に使って景気を引き上げるというものである。完全雇用余剰とは,景気が上昇し完全雇用が達成された景気のピーク時に財政が黒字になることを意味する。日本はもちろん,こうした完全雇用余剰を実現していない。私は伊東光晴さんが言うように,無意味な国債の累積は避け,不公平税制と税率を是正し,それで増えた税収を元に積極的に財政出動を行うべきだと考える(参照,伊東光晴『アベノミクス批判――四本の矢を折る』p.83~p.84)。具体的には法人税引き上げと累進性の強化をはからなければならない。それから,防衛費の増額も許してはいけない。

 

 

 さて,掲題の本は,上記のようにケインズ政策の理解に問題があるとしても,反緊縮=積極財政の立場から,日本の人たちを緊縮圧力から解放しようという主旨で鼎談が行われていて,その主旨には大いに賛同する。また,左派やリベラルは,もっと経済政策に力を入れるべきだという話もその通りだと思う。70年代あたりまではマルクス経済学者が不況や恐慌の分析,失業・労働問題などで存在感を示していたのだが,ソ連崩壊以降マル経学者は絶滅危惧種のような存在になってしまい,左派・リベラル陣営では経済言論が衰退してしまった。代わってアイデンティティ・ポリティクスやカルチュラル・スタディーズ,マイノリティ・差別問題,改憲阻止といった方面に軸足を移してしまったのである。そうした言論状況に対して,左派・リベラルはもっと経済政策,景気対策を国民に訴えよ,というのが鼎談している三名の一致した主張である。特にニューディール政策で景気を引き上げよ,という提言には深く納得した。ブレイディみかこさんがよく言う「経済にデモクラシーを」とは,具体的にはニューディール政策の復活という形をとるわけである。

 

(ブレイディ)右傾化していく欧州の中で,それを食い止めるのはニューディールなんだって。 (本書p.118)

(ブレイディ) 必要なのはまっとうな左派の反緊縮なんですよ。「アベノミクス」に対抗するなら,欧州の新左派にならって,素直に左派からの「ニューディール」を訴えていけばいい。 (本書p.176)

 

 私たち庶民の側も,もっとミクロ・マクロの経済問題や経済政策に関心を持ち,「経済デモクラシー度」を高めて積極的に発言する必要があるだろう。「右派に民衆の胃袋を握らせてはいけない」。民衆(=左派)からの積極財政(=ニューディール政策)を進めていこう。そのためにも政治では庶民の暮らしのために積極財政を進める政党や政治家を支持したい。

 

 本書の最後でブレイディみかこさんが紹介しているパブロ・イグレシアス(スペインのポデモス党首)の言葉が,昔マルクス経済学を学んでいた私には心地よい。経済学は民衆のツールなのだ…

 

左翼とは,ピープルのツールであることだ。左翼はピープルにならなければならない。 (本書p.262)