三谷太一郎著『日本の近代とは何であったか』(岩波新書)という本を読んでいて,特に興味深かったのが「立憲的独裁」という概念である。一見,相矛盾する概念に見える「立憲主義」と「独裁主義」だが,実際には意外と相性がいいようだ。それは、例えば第二次世界大戦前夜,当時最も民主的な憲法とされたワイマール憲法を持っていたドイツでナチス・ヒトラーの独裁が生まれたことを思い起こせばわかりやすいだろう。
三谷さんは本書の中で,日本で1930年代に,蠟山政道という政治学者が「立憲的独裁」という概念を提唱したことを紹介している。
蠟山は最後の政党内閣となった犬養毅政友会内閣の下で,五・一五事件の四ヵ月位前の時点で,その前途に悲観的見通しを立て,「立憲主義」の枠組を前提としながら,議会に代わって「権威をもって決定しうる組織」(専門家支配の組織)を作り出すための概念として「立憲的独裁」を提唱したのです。
(三谷太一郎『日本の近代とは何であったか』岩波新書p.78~p.79)
上の引用文中に「議会に代わって」と書かれているように,蠟山において「立憲主義」はデモクラシーからは切り離され,代わって「専門家支配」と結びつくのである。つまり蠟山の言う「立憲的独裁」とは,専門家支配がその実体にほかならない。憲法を尊重しながら,その枠組みの中で専門家組織による支配を進めていかないと立憲主義そのものが破綻する,と蠟山は説く。大日本帝国憲法の立憲主義的側面を評価しながらも,それを議会制デモクラシーではなく,一種のエリート主義(専門家支配)によって維持しようとしたところに,蠟山の限界というか、近代的な意味での立憲主義に対する無理解があったと見ることができよう。
実際,蠟山は五・一五事件後に成立した斎藤實内閣に対して,「議会に代わるべき権威ある少数の勅令委員会」の設置を提言している。こうした専門家組織による「立憲的独裁」という権力形態が,1930年代後半に軍ファシズムへの道を拓いたと言えよう。
私たちは,この「立憲的独裁」が現代の日本政治において甦っていることを看過してはならないだろう。すなわち,安倍政権は経済財政諮問会議をはじめとした,政府の関係会議や諮問委員会などを重んじる姿勢を鮮明にし,「専門家支配」とも言うべき政治状況を作り上げた。政権に寄生する専門家を集めて政権に都合のいい意見を提言させ,それに基づいて重要政策でも歴史認識問題でも何でも閣議決定によって政治を進めていく。民意をくみ取った議会を軽視した非民主的・独裁的な政治手法である。まさにこれは蠟山の言う「立憲的独裁」にほかならない。それが菅政権を経て今の岸田政権にも継承されている。こういう立憲的独裁にとっては当然のことながら,政権に批判的なアカデミー団体である日本学術会議は邪魔な存在となり,前回記事で指摘したように,現在その解体計画が政府によって進められているわけである。
タモリが発言したことで「新しい戦前」という言葉が注目を集めているが,私からすると,それは「デモクラシーなき立憲主義」すなわち「立憲的独裁」が再び現れ出た政治状況を指す。こうした状況に対しては「立憲デモクラシー」で対抗すべきだという三谷さんの次の指摘は,今後の指針として的を射たものだ。
私は,今後の日本の権力形態は,かつて一九三〇年代に蠟山政道が提唱した「立憲的独裁」の傾向,実質的には「専門家支配」の傾向を強めていくのではないかと考えています。これに対して「立憲デモクラシー」がいかに対抗するのかが問われているのです。
(同書p.80)
ところで,三谷さんは本書で,ウォルター・バジョットが「近代」の中心概念として「議論による統治」を挙げていることを紹介している。そして、その「議論による統治」を第一次世界大戦後に達成したことが,日本近代の最大の成果だと三谷さんは評価する。だが,その「議論による統治」=政党政治(議会政治)は,1930年代の「第一の戦前」でいったん終わりを告げた。そして,現在の「新しい戦前」において遂にその終焉を迎えようとしている。私は,「新しい戦前」という言葉にそういうデモクラシー(議会政治)の危機という意識を込めている。
仮に,「立憲民主」を党名に掲げる立憲民主党に政権が代わったとしても,極右の「維新の会」と連携したり,党首が軍国主義を象徴するような人物を祀る神社に参拝したりする政党が,立憲デモクラシーの回復を図れるとは到底思えない。いずれは「立憲維新の会」と党名を変えて,自民党政権と同様に立憲的独裁を押し進めていくのだろう。今の既成政党の枠組みの中では立憲的独裁という流れは止められないように思う。
「乃木神社に参拝したら軍国主義に追従すると批判されても仕方ない」とか、もう酷いもんだ。そうした考えの方がよっぽど危険。
— 泉健太🌎立憲民主党代表 (@izmkenta) January 4, 2023
私は過去の歴史に学ぶし、教訓にもする。乃木神社創建の経緯もある程度は知っている。でも当然だが、軍国主義者ではない。
本当に失礼な話。 https://t.co/ZfHS53KgFe
デモクラシー勢力の立て直しが急務であることは言うまでもない。その際,三谷さんが第一次世界大戦の「戦後」に学ぶことは多いと言ってることに私は注目したいと思う。すなわち第一次大戦後,国際的には多国間協調と軍縮条約を基本枠組みとするワシントン体制が築かれ,その文脈の中で日本国内でも政党政治や護憲運動といったデモクラシーの風潮が高まった。このワシントン体制と大正デモクラシーは,その破綻に至るさまざまな弱点にもかかわらず,自国第一主義や偏狭なナショナリズムに流れやすい今日の世界と日本にとって,歴史の教訓とするに値するものだ。特にワシントン体制の遺産を憲法第9条に受け継いでいる日本は,第一次大戦後のデモクラシーの歴史的経験に立脚して,第二次大戦後の「「戦後民主主義」の再生を図るべきであろう…