金曜のBSフジ「プライムニュース」に,また浅田彰が先崎彰容と一緒に出演していたので,忙しいさなか最初から最後まで観てしまった。確か半年くらい前,ロシアのウクライナ侵攻からまだ間もない頃に二人は同番組に出ていたのだが,その時と比べて今回は,二人の立場の違いが際立っていたように思う。すなわち,浅田さんは左派・リベラル色をより鮮明にしたのに対し,先崎は保守主義や国家主義への傾倒をさらけ出した。その意味で今回の放送は大変興味深いものだった。
それにしても浅田さんがこれほど政治について熱く(怒りをこめて)語り,しかもリベラルど真ん中から直球で権力批判をしているのを見て,スキゾ的な「逃走」のイメージが強い私には隔世の感がするというか,正直驚きだった。
例えば統一教会についても,「合同結婚式は逆慰安婦だ」という挑発的な発言も飛び出すなど,教会の反日的で民族主義的な体質を真っ向から批判していた。そして,「美しい日本」を掲げる安倍などの自民党保守派がこういう反日団体と結び付くのは,選挙のためとは言え問題があると,まともな指摘をしていた。さらには,トランプ大統領誕生や人工妊娠中絶禁止といったバッククラッシュ(揺り戻し)に大きな影響を与えるアメリカのファンダメンタリズム(宗教原理主義)についても痛烈に批判していて,その点も同感だった。つまりアメリカでは宗教が政治があからさまに介入して,政教分離という近代(モダン)の当たり前の原理が覆されてしまったことを非難しているわけである。浅田さん自身,自分は近代を批判するポストモダンに属すると見られているが,こういう政教癒着を主張した覚えはないとも言っていて,この場面では思わず笑ってしまった。おまけに,ポストモダンの代表格と見られている浅田さんが,迷信の闇に「理性」の光を当てる近代の「啓蒙」というものの重要性を熱く語っていたのには本当に驚いた。いつからこんなにまともな知識人になったのだろうかと,訝しく思わざるを得ないほど当を得た発言が多かった。ともあれ,『逃走論』にも書かれているように元々マルクスやケインズの経済学を学んでいたことが,こういったまともな知性と批判精神を育てたのだろうと私は推察する。
今回の対論の詳しい中身は上の動画を観てほしいが,例えば安倍の国葬をめぐる問題では,浅田さんは反対だが,先崎はなんと賛成の立場だった😲。先崎は一応「思想史家」と称しているようだが,彼は一体これまで何を学んできたんだろうと,私は疑念と興味を持った。彼が国葬に賛成する理由は,簡単に言うと,安倍個人を評価するのではなくて,安倍が成し遂げた政治的な成果を客観的に評価するなら国葬に値する,というものであったように思う。つまり先崎は,軽武装・経済成長という吉田茂が作った戦後政治の流れを,安保法制や憲法改正などで大きく変えようとした安倍政治(「戦後レジームからの脱却」)の功績を高く評価するわけである。吉田茂に匹敵する評価を国家としても与え,国家のけじめとして国葬を実施すべきだというのが先崎の立場だった。
それに対して浅田さんは,安倍政治は新自由主義を推し進め,社会に分断や格差をもたらしたと批判する。しかも現役バリバリの時に殺された政治家を国葬にするのは,あまりにも生々しくて危険だという趣旨のことを浅田さんは述べていた。
この対論に見られる二人の対立軸というのは,保守とリベラルという大きな思想的な対立を典型的に表していて興味深い。ひと言で保守主義と言っても,穏健な「リベラル保守」から,宗教原理主義や右翼的なものまで幅広いが,先崎の保守主義は,今回の放送でも何度も国防などを持ち出して国家の役割や重要性を指摘しているように,国家主義的な色彩が強い。その一環として安倍の国葬も位置づけられるのだろう。また先崎は,人々が所属する場所を失ってしまい,砂粒のようにバラバラな個人になってしまったと嘆く。そういう悲観的な現状認識の背景には,リベラル的な個人主義の行き過ぎという理解がある。すなわち個人主義や自由主義の行き過ぎが,人々が帰属すべき家族や地域社会,さらには国家を解体させてしまったというのだ。ここには保守派共通のリベラルへの警戒心・敵対心がはっきり見て取れる。だから保守派は,リベラル派が推進するLGBTQの権利や夫婦別姓といった多様な家族のあり方には異を唱えるし,その一方で国家統合の象徴としての天皇は尊重し,また教育基本法改正で伝統・文化の尊重や愛国心を強制し「美しい日本」を創ろうという安倍政治を高く評価するわけである。
決定的だと思ったのは,二人に提言を求める番組最後の場面である。浅田さんが「疑」と書かれたフリップを出して「疑い,問うことが大切だ」と述べたのに対して,先崎は「所属」と書かれたフリップを出した。その意味するところは,今のようなバラバラになった社会ではどこに所属するかを見いだすことが重要になるということだった。多様性に向かう社会を,行き過ぎた個人主義によって社会がバラバラになった,と過剰反応で否定的にとらえるのは,保守派お決まりのロジックだ。そして彼ら・彼女らが目指すのは,リベラル的な個人主義や自由主義に大幅な制限をかけ,伝統的な家族や家族主義的な共同体(企業や地域など),さらには天皇制的な家族国家の下に国民を統合し,強い国家を再建することである。「所属」という抽象的で耳あたりの良い言葉を使いながらも,その内には強烈なバッククラッシュ(復古主義)や国家主義をはらんでいるわけである。
このように見てくると,先崎は洗練された学問的な用語を使ってスマートに語っているように見えるけれども,実質的には,前回記事で紹介した杉田水脈のあの乱暴で差別的な著作に書かれている内容と,そんなに大差がないことがわかる。杉田は伝統的な家族や性別役割分担,出産というものをことさら重視し,男女平等やジェンダーフリー,フェミニズムなどに対してあからさまな嫌悪・敵意を示していた。その背後にも,個人主義を過度に押し進めたリベラル・左派勢力が悪いという決めつけがある。先崎もまた,「所属」とか「自己実現」とか「権力」「国家」といった抽象的・学問的な用語を使いながらも,その背後には行き過ぎた個人主義や多様化を抑制しようという意図が透けて見える。杉田水脈の差別的な家族主義まであと少しのところまで来ていると言えよう。
そういえば以前,先崎は,同じ「プライムニュース」で橋下徹と一緒に出演したとき,橋下を批判するどころか,ヘラヘラしながら橋下に阿るような発言ばかりしていた。まあ,先崎については,差別主義や権威主義に加担する傾向のある危険な学者という位置づけで良いのではないか。わかりやすく先崎の思想的な立ち位置を示すなら,下の写真のほんこんのような杉田水脈に近接した位置ということになるだろう・・・
先日、ほんこんさんにお会いしました❣️
— 杉田 水脈 (@miosugita) September 1, 2022
SNSでやりとりさせていただいたことはありますが、お会いするのは初めて。
「ごっつええ感じ」の頃からずっとテレビで拝見してきたお方だけに、緊張しました😊 pic.twitter.com/ySVzNLXbYN
(文中,一部の学者や政治家には敬称略)
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