「保守とリベラル――ねじれる対立軸」(『現代思想』2月号) | ブロッギン・エッセイ~自由への散策~

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド,ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば,水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬編『証言 水俣病』)


 先日は奈良に花見に行ってきました。




 さて,掲題の特集は,今の日本の「保守とリベラル」をめぐる状況を整理・理解するには大変参考になる。だがその一方で,何か新たな思想的座標軸や展望を打ち出しているかと言えば心許ない。最近よく見かけるこのような「保守/リベラル」特集は,看板倒れというか期待はずれに終わることが多いので過大な期待は寄せない方がいいだろう。というより,本誌を読んでいたら,もう「保守/リベラル」という枠組み自体が,特に日本では状況分析の有効性を失ってしまったのではないかと思えてきた。

 ごく簡単に言うと,日本の保守は守るべきものを持たず,逆にリベラルが戦後体制を守ってきた。つまり日本の保守とリベラルは転倒しているというのが,本誌に登場する多くの論客にほぼ共通の認識のようだ。

 日本で保守を自認する人々の大半は,漠然と戦前の日本を復活したいと思っているようですが,戦前の日本といっても,明治と昭和初期とでは大きくことなるという司馬遼太郎的な歴史観もあります。健全な明治国家が軍部によってゆがめられていったという見方です。このように,日本の保守においては,保守する対象自体が重大な潜在的争点になるという,他の国にはない事情が存在するわけです
 この点を衝いて,日本のリベラル側が戦略的に「戦後日本を保守する」といった言いかたをすることがあります。戦後と言っても七〇年の歴史がありますから,保守する対象になりうる。そしてこれは保守派が嫌がる論点でもあります。維新から終戦までの歴史と,戦後七〇年の歴史とは,すでにほぼ同じ長さとなっており,戦後を保守するという言い方は,十分に可能なのです。

 (本誌p.63~p.64,杉田敦「ねじれつつからみ合う二つの流れ」より)

 だから,最近の多くの若者が「共産党は最も保守で,維新が最もリベラル」という一見冗談のような見方をするのも,ちゃんと根拠があったわけである。座標軸自体が転倒しているのだ。

 七〇代以上をみると,自民や維新が保守,民進・共産がリベラル側と「保革」の構図をそのままなぞっているのですが,「十八歳から二十九歳の若者」では「最も保守的な政党は公明で,無党派層,共産,民進と続き,中間地点に自民,リベラル側に維新が位置づけられている」。
 (本誌p.52,北田暁大「日本型リベラルとは何であり,何でないのか」より)

 このように保守とリベラルの関係が転倒もしくは混乱している特殊日本的な事情について,本誌でいろいろな角度から分析・解説がなされているが,落としどころは大体決まっている。欧米と比較して,いわば無いものねだりをするのだ。例えば,北田さんは日本の保守/リベラルについて次のような,表現はユニークだが陳腐なまとめ方をしている。

 アメリカ型のリベラルから,ソーシャルな部分を差し引いて生まれたのが現代日本のリベラルであり,それは「保守/革新」「保守/リベラル(米)」「リベラル(欧)/ソーシャル」のどの枠にも落ち着かない,つまりは理念的にはごった煮かつ曖昧で(中略)現在においては「反自民」ぐらいの内容しか持たないものとなっている。それはブレアの第三の道を思わせるもので,いわば優し気な仮面を被った「保護主義的新自由主義」と区別できないものとなってしまっている。(本誌p.48~p.49)

 日本のリベラルの問題点として,本誌の論客の多くが指摘しているのは,高負担・高福祉というアメリカ型(ニューディール型)リベラルやヨーロッパ型(特に北欧型)のソ-シャルと同様の政治的立場が日本には存在しなかった,という点である。つまり日本のリベラルは,高福祉・再配分は謳っても高負担・増税は主張してこなかった。だから,日本の目指すべき方向として,「ソーシャル・リベラリズム(日本型ニューディール)」(北田)とか,「多元主義を前提とするリベラリズム(過度に個人の強さを前提としないリベラリズム)」(杉田)とか,あるいは「普遍主義の下での寛容や平等」(宇野重規・大澤真幸)といったものが唱えられる。

 また,西洋と比較した日本の保守主義の問題としては,先ほど書いたように,特に何か保守したいものがないことが最大の問題で,その意味では真の保守とは言えない。今の日本の保守は,現状維持(保守主義以上に保守)になっているリベラルを拒否したいという,消極的というか消去法的な立場にすぎない。このような逆説的な状況について,大澤真幸さんは次のように言っている。

 素晴らしい現状や伝統を保守したいと思っているわけではない。リベラルの言う変革が本当の変革に見えないがために,それに異を唱えているだけなのです。ですから表面的には保守を主張しているようでも,実際には保守の否定(リベラル)の否定です。
 (本誌p.22,宇野重規×大澤真幸「転倒する保守とリベラル」より)


 このように日本の「保守/リベラル」の状況は欧米と比較して混乱・倒錯が著しく,保守もリベラルも社会を導く明確な原理やビジョンを全く持ち得ていない。何でこんな状況になってしまったのか。その原因にはいろいろなことが考えられるが,一番根本的なのは,日本における自由や個人といった近代思想が所詮は西欧から外挿した付け焼き刃にすぎなかったというところにあるだろう。そうした借り物の「近代」が今,完全に破綻している。現在,保守主義が広がっていると言われるが,その実質は右翼や国家主義であり,自由を擁護することを目指す本来の保守主義は今では危機的状態にあるのではないか。リベラルの退潮については今さら言うまでもない。そうした保守・リベラルの二重の危機に関して,日本のリベラルも保守もプロテスタント中心の歴史観に強く影響されてきたという,宇野・大澤対談が提起している論点は重要である。

 日本のリベラル派は,リベラル(近代的な自由主義や個人主義)の起源をイギリスのピューリタン革命に見るホイッグ史観にいまだに毒されているし,保守派にしても,名誉革命以来の自由な政治体制を守るというバーク発のイギリス的文脈に立っている。逆に,フランスなどのカトリックは近代化にとってはネガティブな遅れた宗教思想だという認識である。保守派の宇野さんは次のようにまとめている。

 日本ではまだピューリタン的な伝統こそが自由主義の正道であり,カトリックなどそれに対する反動勢力であるとしがちです。
 そして,こうしたプロテスタント史観が私たちの近代主義的な視野を形成してしまっている

 (本誌p.17,宇野重規×大澤真幸「転倒する保守とリベラル」より)

 日本は明治維新以来,こういうプロテスタント・ピューリタン中心史観に強い影響を受けてきており,そのバイアスは見直す必要があるという,この対談が指摘した点にはしっかりと耳を傾けるべきだ。しかし,リベラルにしても保守にしても思想の言葉そのものがプロテスタント中心史観というか,アングロサクソン中心主義をベースに作られているから,なかなかそこから脱却することが難しいわけである。

 その点について大澤さんは「それ(プロテスタント中心史観)をいったんは引き受けつつ,徐々に脱構築していく線をとるしかない」(本誌p.17)と述べているが,その意味が私にはどうもよくわからない,というか胡散臭くも聞こえる。

 例えば大澤さんは「リベラル以上にリベラルを狙うしかない」(本誌p.25)と言い,宇野さんは「リベラルにとどまるのではなく,その先の普遍主義を目指すべきだ」(本誌p.29)と言って,ほぼ両者の結論は一致しているのだが,「リベラル以上」とか「リベラルの先」と言っていること自体,西洋近代,アングロサクソンのリベラリズムを基準に据えているわけで,結局はプロテスタント史観にとどまっているのである。

 なお,北田さんが言う「ソーシャル・リベラリズム」も,杉田さんが言う「自己変革的なリベラリズム」も,プロテスタント史観を脱色できていない。

 とは言え,近代プロテスタント中心主義を克服するうえで,本誌の対談や論考に有益な指摘・示唆が全くないわけではない。例えば,宇野・大澤対談では,先ほど述べたように「普遍主義」という見通しが示されていたが,それを担保するものとして憲法9条が挙げられていた点は興味深い。

大澤 九条の前提になっているのは,普遍主義的な共存が完全に可能であるという発想です。・・・リベラルが保守に対するならば,自分たちにとっての九条の魅力を手掛かりにして,そのなかにある普遍主義的なポテンシャルを引き出す術を探していく以外にない。
 (本誌p.27,宇野重規×大澤真幸「転倒する保守とリベラル」より)

 憲法9条の普遍性を評価する文脈において,柄谷行人さんの『憲法の無意識』(岩波新書)が論評されていたが,ここがこの対談のヤマ場というか一番読み応えがある箇所である。すなわち大澤さんは,柄谷さんの本書を「西洋から思い切り離れた伝統のなかに,可能性の芽を見ようという方法」(本誌p.28)として高く評価する。柄谷さんの試みに,プロテスタント中心史観を克服する手掛かりを見いだしているのである。その点に関して,宇野さんも次のように言っている。

 日本の思想のなかには,普遍主義へのあこがれが歴史的に積み重ねられてきて,それが最後に,そして完全に明文化されたのが九条なのです。(中略)自分とは違う相手との共存をいかに図るかという課題に,日本社会は再び直面しつつあるということです。江戸から明治,戦前から戦後につづき,日本の思想を普遍化する第三の契機を私たちは迎えているのではないでしょうか。戦後思想をより普遍化していく道を探していくべきだと思います。
 (本誌p.28,宇野重規×大澤真幸「転倒する保守とリベラル」より)

 西洋近代(アングロサクソン)・キリスト教(プロテスタント)から離れた日本の思想や伝統の中に可能性なり普遍主義を見いだそうとするなら,丸山真男をもう一度,見直してみないといけないだろうと私は思った。宇野・大澤対談では,せっかく柄谷さんの試みに西洋を脱却する切っ掛けを見いだしたのに,丸山については「西洋近代を軸に日本の歴史を評価するような議論」としてすでに終わった存在と見ている節がある。そんな上辺の丸山理解でいいのだろうか。プロテスタント中心主義のほかに,もう一つ,二人が陥っている落とし穴はこの丸山評価なのである。私は,宇野・大澤の二人のプロテスタント的な見方と丸山評価は結合していると思う。だから,プロテスタント中心史観を克服するには丸山の再評価が不可欠だと思うのである。

 そのことに気づいたきっかけは,本誌の「保守/リベラル」特集とは別の連載記事を読んだことだった。それは物理学者の佐藤文隆さんによる連載記事で,量子力学のプラグマティズムとしての側面を説いた風変わりなエッセイだったが,そこに次の丸山の文章(「政治的判断」)が引用されていたのである。

 現実というものを固定した,でき上がったものとして見ないで,その中にあるいろいろな可能性のうち,どの可能性を伸ばしていくか,あるいはどの可能性を矯めていくか,そういうことを政治の理想なり,目標なりに,関係づけていく考え方,これが政治的な思考法の一つの重要なモメントとみられる。つまり,そこに方向判断が生まれます。現実というものはいろいろな可能性の束です(丸山真男)
 (本誌p.212,「プラグマティズムと量子力学」より)

 丸山真男は,宇野さんや大澤さんが言っていたような近代主義というよりは,プラグマティズムに近いんじゃないかと思ったのである。確かに現実というのは「可能性の束」だ。現実の中に複数の可能性を想像することは,近代化の宿命の下にあると感じるより,各人が主人公だという民主主義的な自主性や積極性を育む。こうした理解はプラグマティズムへと接近する。「大日本帝国の『実在』よりも戦後民主主義の『虚妄』に賭ける」という丸山の有名な言葉も,理想主義とか近代主義などではなくて,プラグマティズム的な立場から理解されるべきものかもしれないと思ったのである。

 本誌で酒井哲哉氏も,「現実の政策決定への不断の方向づけ」として憲法九条をとらえる丸山の姿勢を評価しているが(本誌p.76,「捻れる平和主義」),これも丸山のプラグマティズム的接近を示すものだ。

 丸山真男のプラグマティズムで丸山真男の近代主義を脱色し乗り越えたい。先に引用した「プロテスタント中心史観をいったんは引き受けつつ,徐々に脱構築していく」という大澤さんの間違ってはいないが空虚な発言も,プラグマティズム的な方法で中身と方向性を与えていく必要があるように思う。現実というものは「いろいろな可能性の束」である。だから未来に希望がある。「戦後民主主義の『虚妄』に賭ける」とは,「可能性の束」を解きほぐしていく作業の一つだったのだ...。