山城博治さんのスピーチはなぜ胸を打つのか | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…



 昨日は前回記事で告知した上の集会に行ってきたわけだが,そこでメインの山城博治さんの話を聞いていたら涙が出てきた。そんな風になるのは,最近やたらと涙もろくなってきた自分だけかと思っていたら,後でスピーチした人も何人かが同じことを言っていた。山城さんのスピーチには,そのように人を感動させる何かがあるのだなと改めて思ったのである。

 何がそれほどまでに人の心を動かすのか。自分や家族の不幸や災難をアピールして同情を引こうという,よくある感動話をするわけではもちろんない。ほとんどが現実政治や基地問題,市民運動の話なのだが,それだけでなぜ人を感動させられるのか。例えば私が,同じように基地建設や共謀罪などで政権批判をしたとしても,話の主旨は伝えられても人の気持ちを動かすことはできないだろう。なぜか。やはりそれは,山城さんが長い間,沖縄の反基地運動の中で市民との交流を続け,私たち一般庶民の気持ちをよくわかっているからだろうと思った。山城さんは,そういう私たちが日常生活の中で抱える怒りや悲しみを,自らの全身体をもって思いっきり表現し代弁してくれる。そこに私たちは何か魂の共振のようなものを感じるのだ。

 何といっても山城さんの,周囲にとどろく怒鳴り声は,私たちの現政権に対する憤りや不平不満を発散してくれて,胸がすく思いがする。あの炎天下のもと,病気も抱えているはずの(本人はそのことは言わない)山城さんがそこまで一生懸命になって,私たちの気持ちを表してくれる姿に私たちは感情移入し,感謝し,涙するのだ。そういう人が政治を語り,政権批判をするから説得力もあり,心動かされる。

 スピーチの途中でいきなり,「今こそ立ち上がろう」を力強い歌声で歌い出す。聴衆は一瞬驚くが,自然とすぐに合唱となる。山城さんの魅力として,もう一つ言っておかなければならないのは,その歌唱力である。上手いとか下手を超越して,やはりこれも人の心に響くのである。山城さんが歌う「今こそ立ち上がろう」や「座り込め」は知っていたけれども,川口真由美さんと一緒に歌った「We shall overcome」や「ケサラ」を聴いていて,これまた涙が溢れそうになった。それはソウルなのだ。心から平和と自由を求める,そして故郷を想うアメリカ黒人のブルースと同じものを感じるのだ。まさかこのような集会でブルースを聴けるとは思いもしなかった。

 怒りと悲しみ――相異なる感情だが,ブルースにあって両者は自然と溶け込んで,黒人の気持ちをすくい取っている。虚空にこだまする山城さんの歌も,まさにブルース,黒人霊歌だ。弾圧を蒙っても,ひたむきに生きてきた無告の民の声なき声が,山城さんの歌声とともに聴こえてくるような気がした...。




 ちなみに,今日の中日新聞に載った小さな記事↓↓











ケサラ/川口真由美

抑えきれない怒り
こらえきれない悲しみ
そんなことの繰り返しだけど
決して負けはしないさ
ケサラ ケサラ ケサラ
僕たちの人生は
平和と自由求めて
生きてゆけばいいのさ