土人と土民 | ブロッギン・エッセイ~自由への散策~

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド,ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば,水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬編『証言 水俣病』)


 山田吉彦(きだみのる の本名)の『モロッコ』(1951年刊)を読んでいると,「土民」という語が何度となく出てきて目に留まった。本書では,フランスの保護領下にあったモロッコの土地の人々・民族を指す言葉として使われていて,特に差別的なニュアンスは感じられなかった。同じ意味の言葉として,ほかに「土著民」「先住の人々」なども使われていた。実は「土人」という言葉もマイナーな箇所で1度だけ出てきて,一瞬「おやっ」と思ったが,その基本的な意味・使い方において「土民」と違いはなかった。主要な部分ではほとんど「土民」が使われていたといってよい。

 この本が出た当時(日本が正式に主権を回復する前の1951年),「土人」と「土民」は,どのような使い分けがなされていたのだろうか。きだは,この本では「土民」という語をメインに使っていて,「土人」という語は避けていたように見える。やはり「土人」の方に蔑みの意味を感じ取っていたにちがいない。実は本書は,戦中の1943年に出た『モロッコ紀行』とほぼ同じ内容のものらしく,それはきだが1939年にモロッコを旅したときの旅行記である。つまり実質は戦前・戦中に書かれたものである。ということは,戦前・戦中のころは,「元々その土地に住んでいる住人」「土着の民」を一般的に言い表す言葉としては「土民」が主に使われていたのだろう。そして,言葉の表面的な意味としては同じであるとしても,「土人」には差別や侮蔑の意味合いが含まれていた。

 現在の日本語感覚からすると,あまり聞き慣れないためか「土民」という語にも若干違和感があるのだが,当時はそんな感覚で「土人」と「土民」の使い分けがなされていたのだろう。だが重要なのは,言葉の字面の意味や原意ではなくて,その言葉の実際の使われ方である。どういう気持ちや価値,意味を込めてその言葉を使ってきたか,そして使っているのか。

 そういえば私も以前,英国人の書いた『英領インドの歴史』という本を翻訳したときに,nativeという語を確か「土地の人々」とか「土着の人」「先住民」などと適宜訳語を当てたが,差別的な意味合いを含んで使われてきた「原住民」は避けた記憶がある。訳語として「土人」は意識にも上らなかった。また,インドの土地の人を表すthe Hinduという固有名詞は,はじめは辞書にならって「ヒンドゥー人」と訳したが,そんな人種名は普及していないとインドの専門家に指摘され,ヒンドゥー教を信奉する民族ということで「ヒンドゥー教徒」と訳し直したことがあった。その点に関して言えば,Jewも,もともとはユダヤ教と密接に結びついていたので,「ユダヤ教徒」と訳すべきだろうが,今では世界各地に広く住み,ユダヤ教とのつながりも薄まったことから「ユダヤ人」と訳され呼ばれるようになった。Jewと比べて考えると,やはりHinduは「ヒンドゥー教徒」と訳した方が適切であろう。

 難しいのは,植民地にされている土地の住民をどう言い表すにしても,宗主国の立場から見れば,当然のことながら被支配者として位置づけられるわけだから,「土民」や「先住民」などどんな言葉を使おうと,その視線には支配・被支配の構造が入り込んでくる。それは言葉の問題というよりは論理構造の問題になってきて,単に差別語を使わないというだけでは解決し得ない難しい課題が横たわっているのである。すなわち,植民地主義を思想的にどう乗り越えていくかという課題。現代でも植民地主義の亡霊が世界の至る所で徘徊していることは言うまでもない。もちろん,ここ日本にも。

 上記のきだみのる(山田吉彦)の名著『モロッコ』は,60年以上前の古い本だが,植民地モロッコの姿を淡々と,そしてまざまざと描き出していて,植民地の問題を考える上で必読であろう。この本をこれまで読んでいなかったことを,いま私はもの凄く後悔している。それほどに素晴らしい旅行記,ルポルタージュであった。おそらくは,きだの最高傑作であると同時に,日本の紀行文学の上でも最高峰をなすものではないだろうか。そして,異文化理解に関しても卓抜した観察力と洞察力を示している。すなわち,被支配者として自立を失った民族に共感を注ぎながら,その実像を描き尽くす,その精彩のある筆致に,私は感動するよりほかなかった

 植民地主義とか学者目線とか,あるいは反左翼とか反権力とか,きだの言説の中にあるさまざまな要素を指摘するのは容易い。だが,そういうイデオロギーや政治性を抜きに,身体まるごとで思考する きだの方法というのは,本や論理だけで知識を得て考える私たち現代人とは次元もスケールも違っていて,コスモポリタン的な認識や世界観に導いてくれる。私は久々に感動的な著作に出会った。

 難しい話は抜きにして,これはいわゆる文学として読むだけでも価値のある本であろう。カザ・ブランカの町に匹敵するくらい,きだの文章が詩的で美しい。日本の部落を描いた きだみのる とは別人のようだ。アフリカ大陸の最もヨーロッパに近接した土地として,フランスにも大きな影響を及ぼしたモロッコの風土・人・信仰が,きだに傑出した紀行文を書かせたのだろうか...。


 広大な広場を距てた向うにはモロッコ族の部落メディアが昔からの汚れた城壁に囲まれ,一つの出入口が広場に向って開いている。広場の中央には高い時計台が爛々と降る眩しい光と地を焼く熱気の中に空に向ってつっ立ち,その頂上からフランス三色旗がこゝに見られる白人文化と褐人文化との衝突,混合,勝者と敗者との姿を瞰下している。(本書p.15)

モロッコ (岩波新書)/山田 吉彦

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