「黒の舟歌」と私 | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…


男と女の間には
深くて暗い川がある~


 書評記事でも書こうと思ったのですが,何日か前に「灰色の猫」様のブログで野坂昭如さんの「黒の舟歌」を何十年振りかに聴いて以降,ずっとこの歌が頭の中をぐるぐる回っていて,仕事にもなかなか集中できずにいます。そこで,このぐるぐる循環をいったん断ち切るためにも,「黒の舟歌」をめぐる,どうでもいい記事を書いてみようと思いました。何か書けば,多少は吹っ切れるのではないかと。

 「黒の舟歌」は野坂さんのほかにも長谷川きよしや加藤登紀子らが歌っていて,むしろそっちの方がよく知られているかもしれませんが,でも私からすると,プロの上手い歌手が歌うのはちょっと違和感があるんですよね。桑田佳祐になると,もう全然違う。上手な歌い手ではないアウトローの野坂昭如が歌うことで味が出て,日活ロマンポルノで女優が下手くそに口ずさんでいるのがしっくりくるんですよね。あくまで私の超主観ですが。

 私が「黒の舟歌」と出会ったのは,たぶん日活の映画です。藤田敏八監督で秋吉久美子主演の映画の中で,野坂さんが「黒の舟歌」を歌っていました。それから,もっとインパクトがあったのは,女優(宮下順子)が気だるく「黒の舟歌」を口ずさんでいた日活のポルノ映画です。当時中高生だった私にその歌の意味が分かるはずもありませんでしたが,何となく大人の哀しい恋愛をうたった歌という感じで受け取っていたように思います。そこはかとなく哀しいけれど,いや哀しいからこそ途轍もなく美しい歌,そんな風に勝手に感じていました。映画の映像とも結びついて,その歌がなかなか頭から離れなかったのを覚えています。確か「濡れた週末」とかいう根岸吉太郎の最初期の監督作品で,中年男女の浮気やセックスを描いた映画だったと思いますが,そういう男女の恋愛やセックスという当たり前の日常の中にこそ深くて恐ろしい闇や地獄が潜んでいることを,女優に「黒の舟歌」を唄わせながら徐々に炙り出すという,そんなモチーフの作品だったと記憶しています。

 ちなみにロマンポルノは18禁の成人映画でしたが,どうしても観たくて,確か高校生の頃から観に行ってましたσ(^_^;)確か中上健次の文学作品に出会ったのも日活ロマンポルノだったと思いますし,ポルノでしたが優れた文芸作品も多かったように思います。先日亡くなった阿藤海さんも,私にとっては日活ロマンポルノの印象が強いのですよね。『赤い髪の女』での演技は最高でした。当時は才能のある若い監督や俳優さんがロマンポルノで活躍し頭角を現していった時代でしたね。

 話が逸れました。私にとって「黒の舟歌」は,そのようにガキの頃に観たアングラなポルノ映画と結びついています。で,この歌が堕胎を歌ったものであるらしいことに気づいたのは,随分あとになってからです。「男と女の間にある深くて暗い川」って,とんでもなくディープな暗喩だったのだなと慄然としました。それ以降,この歌を聴くことはできませんでした。


お前が十七 俺十九
忘れもしないこの川に
二人の星のひとかけら
流して
泣いた夜もある


たとえば男はあほう鳥
たとえば女は忘れ貝
真っ赤な潮が満ちるとき
なくしたものを思い出す
Row and Row Row and Row
振り返るな Row Row



黒の舟歌/野坂昭如



〔付記〕
 野坂さん,出棺時にはこの曲が流されたという。本当にお疲れ様でした。もうね,僕の中では完璧に昭和が終わったという空しさや寂しさでいっぱいです。