大橋隆憲編著『日本の階級構成』(岩波新書) | ブロッギン敗北【ご愛読ありがとうございました】

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド、ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば、水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬)
そして21世紀のいま、史上最悪のジェノサイドがパレスチナの地で、殺人国家イスラエルによって遂行されている…


 長年負い目に感じていたというか胸に引っかかっていた標記の本を,ようやく読むことができた。昔,社会政策論を教えてもらっていた,ある先生(K先生)から「名著だから読んでおいて下さい」と言われ,買うだけ買ったが,ほとんど読まないまま本箱に置き放しにしていた。そのK先生は,自らの著書においても何度となく本書を引用され,高く評価しておられた。先日たまたま本書を書棚に見つけて,手に取り読んだ次第である。

 40年以上前の,まだ日本経済が高度成長下にある時期に出た本だが,現代につながる日本社会の根本的な矛盾を明らかにしている本だと思った。もう今ではこういう本,つまり階級とか労働者とかいう視点からの啓蒙書はほとんど出なくなった。出せなくなったと言った方がよいかもしれない。

 現体制を問題にする場合,そこでの政治的な支配階級と被支配階級,経済的な搾取階級と被搾階級がどういう関係になっていて,さらにそれぞれの内部にはどのような諸階層があり,どういう関係になっているのか,といった視点を持つことなしには現体制を批判的にとらえることはできないものと思う。そういう階級視点を欠くから,現代の言説は,たとえリベラルを気取っていても,結局は体制擁護的なつまらないものになる。今では出版界も階級分析をメインにした本は出さないし,アカデミズムでもそういうタイプの研究は評価されない。私から見ると,戦前にマルクス主義の出版物が出せなくなった頃のような,まさに言論統制が敷かれているように見えるのである。それくらい階級視点が知識人から消え、社会からも消え,反対に,階級を無視し歪曲する,気持ちの悪い社会学が世に蔓延っているのである。今,社会学者と称する連中は,自分はマルクス主義者でないということを言いたいがために社会学者という肩書を使っているのではないかとさえ思えてくる。真に学問的な立場からではなく,そういう世間体とか自らの保身を気にして学問的な遊技をやっている立場からは,社会や体制の根本的な矛盾に斬り込むことは無理であろう。実は彼らは,人間社会を階級分けすることが、体制側にとっていかに危険なことであるかを知っているのだろう。だから,あえてそこには踏み込まないのである。踏み込んだら最後,自らがこれまで築いてきた社会的地位も経済基盤も崩れ落ちるだろうから。

 人間を階級わけすることが何を意味するのか,本書は明快に答えてくれている。


 人間を階級区分することは,人間社会のなかにひそむ「差別」を,支配と被支配,搾取と被搾取の実態をあばき出すことになる。(大橋隆憲編著『日本の階級構成』岩波新書p.6)


 階級分析とは社会に潜む差別を暴き出す方法なのである。今日まで差別を隠蔽し,それどころか助長さえしてきた日本社会の現状に対して,社会学者をはじめとする人文社会系学者の責任は途轍もなく重たいと私は思う。自分がマルクス主義者ではないことが社会学者の存在証明になっていることから,差別の形態や構造を客観的にとらえることができていない,というか,そもそもそういう問題意識すら出てこなかったのだろう。私には未だに社会学が,マルクス主義を否定する以外に,一体どういう存在理由があるのかわからない。ヘンテコな社会学はもう要らないんじゃないかと思うのである。名前は挙げないけれども,少なくとも私は社会学者を称する人間を信じない。

 さて,社会の本質に分け入っていくには,差別の現実を直視しなければならないことは言うまでもない。その点で本書は,古い本だけれども,いまだに価値を失っていないように思うのだ。本書は,現代社会における差別の形態を,次の三つに分類している。


 (1)階級的差別,(2)身分的差別,(3)民族的差別


 このうち,資本主義社会において基本にあるのが階級的差別である。身分的差別や民族的差別は,階級的差別の中に組み込まれ,それを補強するような位置づけになっている。本書はもちろん階級的差別を主要な対象にした分析であるが,あくまで社会の差別構造を暴露する基礎作業として行われていることを忘れてはいけないだろう。だから,天皇を頂点に据え,末端に300万人ともいわれる被差別部落民を置く身分的差別が依然として社会に維持されていること,また,在日朝鮮人やムスリム,アイヌなどに対する民族的差別もますますエスカレートして社会問題になっていること――こうした差別問題全体を支える基盤として階級構成を見ないといけない。こういう本書で提示された視点は,今の差別社会を助長するような言論が氾濫する中では本当に新鮮で,大切な学問的財産のように私には見える。

 現在,こうした階級視点を抜きにして格差が問題になっている。つまりそれは結局,所得格差なのであって,所得源泉の種類(利子,地代,賃金など)や所得額の大きさが,格差の区分基準になっている。だから格差を縮め,なくしていくためには,資産課税を強化せよ(ピケティ!)とかベースアップせよ(何と首相までが!)とか,結局そういう議論に終始してしまうのである。もちろん,そういう所得分配・再分配の側面を是正することも大切である。だが,格差の本質は所得分配の側面にはない。こうした所得の源泉や分配を規定している生産の側面を見ないことには,格差の本質は見えてこないだろう。だから所得分配の部面ではなく生産の部面に階級区分の基準を求めなくてはいけないのである。生産部面に基準を求めるといっても,職業の種類や産業の種類といった区分ではない。生産過程およびその成果の搾取・被搾取の関係に階級区分の基礎的・決定的な基準を求めなくてはならないのである。その場合,第一に生産手段の所有・非所有が区分の指標となる。

 こういう本書で提示された視点を失っては,資本主義についての正しい認識は得られないと思うし,それは現代でも本質的には変わらないと思う。とにかくこういう階級視点が権力的に封殺され,また自己規制されたことで,本書のような書物が90年代以降,ほとんど出版されなくなった。階級や差別がなくなったからではない。資本主義である限り,階級は再生産され,格差は拡大し,差別は温存・助長されていく。そういう現実の階級的・差別的側面をとらえ,国民大衆の前に明らかにしていくことが,社会学者をはじめとした人文社会系の学者や言論人の役目だと思うのだが,残念ながら現実はそういう状況には全くなっていない。階級的差別の現実に気づいているのは,実際に階級的搾取や差別にさらされている一般市民であるが,その力が結集して反体制に向かう兆しは今のところない。やはり運動に武器を与えるのは理論であって,学者や知識人の役割もその辺りにあると私は思うのだが,階級は消滅しイデオロギーは終焉したとして,形式数理的な計算や分析を緻密に並べ立てるのが今の流行りの学問らしい。

 本書の詳しい内容にはほとんど触れられなかったけれども,本書を通じて階級構成の変化が国家権力の性格にどのような影響をおよぼしているかが明らかにされていて,特に明治維新から戦前までを扱ったⅡ部「近代日本の階級構成」は優れた分析であった。戦後から1970年ごろまでを扱ったⅢ部「現代日本の階級構成」は,数字の羅列が多くて,ちょっと散漫な感を受けたが,現代社会の階級分析は私たちに残された課題であろう。いずれにしても,こういう本が一般書,啓蒙書として今後,多く出てくることを期待する。


 一九一四年にまだ三五〇〇人すぎなかった在日朝鮮人は,日本帝国主義の収奪がきびしくなるとともに二〇年以後は急激に増え,二七年には一七万一〇〇〇人となった。その多くが人夫や鉱夫であり,社会の底辺に位置づけられたことを見落としてはならない。この朝鮮人労働者の存在は,日本人労働者の階級意識の成長をさまたげるために,権力によって強制連行されたのである。
  (前掲書p.58)



 労働者階級は,(一九)二〇年には小作貧農をはるかに上廻るようになり,二五年には実に小作貧農の二倍近くにもなった。このことは,二〇年を画期として,資本家,それも財閥資本家と巨大企業労働者との対立を軸とする資本家・賃労働者の階級関係が日本社会の基本的対立になったことを意味する
  (前掲書p.63)



 日本は「高度成長」を経て「経済大国」になった。生産力も繊維工業段階から重化学工業段階へと進めることができた。独占資本の再編成も一応はできた。しかし,原燃料を海外から輸入し,製品を海外へ輸出する,この日本経済の特徴的形態は戦前も戦後も変わっていない。そして高級官僚と支配的政党と独占資本の癒着の下で,国民大衆を支配し搾取する形態も大筋では変わっていない。戦前の「富国・強兵」は根本構造において,戦後どこが変わったのか,また変わらなかったのか,世界構造の変化との関連を含めて,明らかにしなければならない所以である。
  (前掲書p.102)




〔追記〕
 明日から二,三日,空きそうなので,ちょっと思うところもあり,奈良の畝傍山や橿原神宮に行ってきます。そのため明日から暫くブログの対応ができないと思います。当方,スマホではなくガラ携ユーザーなのですが,1ヶ月くらい前からツイッターが完全にスマホ仕様になって,毎回パスワードを入力するなどガラ携では使いにくくなってしまいました。そのため,ツイートもあまりできそうにありません。当日の様子は後日ブログでアップしようと思っています。よろしくお願いします。