川北隆雄『「失敗」の経済政策史』(講談社現代新書) | ブロッギン・エッセイ~自由への散策~

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アウシュヴィッツが陸の上のジェノサイド,ヒロシマ・ナガサキが空からのジェノサイドだったとすれば,水俣病は海からのジェノサイドである。(栗原彬編『証言 水俣病』)


 本書は,戦後の日本経済史を経済政策(金融・財政政策)の面からコンパクトにまとめたものである。とりわけバブル崩壊後の約20年間,いわゆる「失われた20年」の経済政策を振り返り,なぜ日本経済を回復させることができなかったのかを明らかにしようとしている。筆者の結論を言えば,その「失われた20年」は政策当局による政策誤操作がもたらしたものほかならない。そして,その「失敗」の度に血税で尻拭いをして国民に負担を押しつけてきた!

 戦後の日本経済の流れをざっと振り返るのに,とてもいい本だと思った。しかも,目次の前に「1984年以降の日経平均と為替相場の推移」のグラフがあるだけで,本文中にはグラフや数式などが一切なく,また経済学の小難しい専門用語もあまり使わずに,平易な文章で説明されているので,一般の読者にも読みやすくなっている。長年,経済ジャーナリストとして日本経済の現場を見てきた筆者ならではの情報,エピソードなども盛り込んで,読む者を飽きさせない。筆力もさすがベテランのジャーナリストという印象を受けた。

 本書のタイトルからも予想されるように,これまで日本が採ってきた経済政策に対して全体的に厳しい評価がなされており,私もその多くに同意するのであるが,ただ金融政策,特に量的緩和に対して評価が甘い,というか過大評価があるように感じた。筆者は,バブル崩壊後,日本経済が低迷を続けた主要な要因として日銀の金融政策の迷走があると書いているが,確かにそれは一つの要因であったとしても,果たしてそれが主たる要因であったのだろうか。すなわち筆者は,日銀が公定歩合の引き下げ,「ゼロ金利政策」を実施するのが遅すぎたこと,また金利政策中心から量的緩和策に踏み出せなかったことが不況が長引いた根本原因であるかのように見ている。だから,90年代から量的緩和の早期実施を説いていた岩田規久男(リフレ派の大将)の肩を持ち,日銀が岩田の主張を受け入れなかったゆえに経済の停滞を招いたと論じている。したがってまた,現在進行中の安倍・黒田による異次元の量的緩和にしても,明確な評価は留保しながらも,円高是正による輸出企業の業績回復という一定の効果があったとして,どちらかと言えば肯定的な評価をするのである(ただし消費増税については否定的である)。だが,それは国民経済全体から見て,成功といえる側面なのだろうか。筆者は一方で,2000年代の小泉改革が格差社会を生み出したとして厳しく批判しているのだが,この輸出企業の業績回復や一部大企業での賃上げも新たな格差社会や不平等,貧困をもたらす負の側面も持ち合わせているのではないか。企業業績が実質賃金上昇には結びつかずに一部富裕層のみを富ませる,こういうアベノミクス的なやり方がそもそも誤っているのではないか。私には同じ「過ち」を繰り返しているように見えてならない。そして,いつもその尻拭いをするのは私たち庶民だ。

 金融政策についての私の基本的な考えは以前に何度か書いたが,好況時の金融引き締めは資金供給量の増加を抑える一定の効果を持つが,不況時の金融緩和はマネタリーベースの増加には効果がないというものである(金融政策の非対称性)。日銀がマネタリーベースをコントロールできないということを筆者は「奇妙な理論」と言っているが(本書p.204),これはわけても金融緩和においては妥当する理論である。事実,銀行の貸出にしても増えていない。不況時には企業もリスクを考えて設備投資を控えるので銀行からお金を借りようとはしないのである。筆者もリフレ派の理論に毒されているように見える。

 そもそも不況対策を金融政策を主体にしてやろうという考えが安易であり,過ちの元なのであって,それはあくまで補助的な手段として,もっと実体経済に目を向けて,面倒で困難だが個人消費を中心に有効需要を掘り起こし拡大していくための対策を,財政を機動的に発動してやっていくべきだと思うのである。闇雲に資金供給量を増やせば景気がよくなるなんて,経済はそんなに単純なものではないだろうパンチ!

 本書の全体的な評価としては,国民生活の視点から,これまでの経済政策を批判的に見ている点は大いに評価できるが,リフレ派的な立場から量的緩和の効果を過大に認め,それに期待を寄せているようなところはマイナス点である。☆☆☆★★

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