前回紹介した中山さんの『経済ジェノサイド』に載っていたイラストがとても面白かったので,上に掲げた。これは,1970年に発行された『ニューヨーク・タイムズ・マガジン』誌の表紙を飾ったものらしい。フリードマン主義は1970年代,このようにメディアに担がれたこともあって世間に流布し,フリードマン自身メディアの寵児になっていったようだ。
この絵にはフリードマン主義のエッセンスがうまく詰め込まれていて,読者は一目でフリードマンの経済学を理解できるようになっている。逆に言えば,このように一枚のイラストに収まってしまうほどにフリードマン主義の内容は単純化できるものであった。このような単純明快なわかりやすさも,フリードマン主義の経済学が一世を風靡した一つの要因ではあるだろう。
中山さんに従って,簡単にこの絵を解説しておこう。
まず地球(フリードマンの頭)の上に「景気後退(RECESSION)?」という矢印の表示板が立っている。
フリードマンの一番上の右手は「貨幣供給(MONEY SUPPLY)」という名のポンプから紙幣をジャブジャブ汲み出している。一番上の左手は「利子率(INTEREST RATES)」という鳥を(国家の)カゴから解き放している。
真ん中の右手は「大学4年間」と書かれた「教育利用券(EDUCATION VOUCHER)」を持ち,左手は「負の所得税(NEG. INCOME TAX)」と書かれた札束を持っている。
一番下の右手はハタキを持って,「法人税(CORPORATE INCOME TAX)」や「農場価格支援(FARM PRICE SUPPORT)」,「社会保障(SOCIAL SECURITY)」「関税(TARIFFS)」を掃き落とし,左手は斧でもって「石油割り当てと補助金(OIL QUOTAS AND SUBSIDIES)」を叩き落としている。
さらに一番下にも手があって,それはハンマーで「連邦準備制度(FEDERAL RESERVE)」を叩き壊している。
とてもよくできたイラストである。これを見ればフリードマン主義の経済政策の概要が把握できるだろう。というか,フリードマン主義だから,こうした図式化が簡単にできるだけの話であって,ケインズの経済学ではこう簡単には行かない。こういう単純明快なフリードマンの経済学が,まさに「主義」(イデオロギー)となってグローバルな規模で広がっていったわけである。もちろん日本も例外ではない。私が昔,大学で受けた詰まらん経済学の講義などもフリードマン主義の影響を大いに受けたものであった。
さらに当該雑誌のページ内には,もう一つイラストがあるらしく,それは,頭のてっぺんに「のろま」と書かれた連邦準備制度理事会(FRB)に対して,フリードマン教授が何度も同じ言葉を板書させて,覚え込ませている様子だという。すなわち,「利子率への不干渉(HANDS OFF INTEREST RATES)」と「貨幣供給に目を向けよ(EYES ON THE MONEY SUPPLY)」をそれぞれ8回ずつ書かせているのだという。
日本のリフレ派が説いていることもほとんど同じである。経済政策に関して,中央銀行は利子率には干渉せず,貨幣供給だけに目を向けていればいいということである。フリードマンが当時のブレトンウッズ体制に真っ向から対立して,こうした新自由主義的な主張を展開し,またそれが大きな影響力を持つようになっていったことについては,それなりの時代的な背景や要因があったのだが,それにしても,いまだにフリードマン主義的な考え方を盲信してリフレ政策をやったり,法人税引き下げや社会保障削減をやったりするというのは,完全に時代錯誤だと思うし,それよりも何だか気持ち悪いのは,優秀な学者さんとか日銀総裁など日本のトップ官僚が一つのイデオロギーを宗教的に信奉しているように見えることである。フリードマン主義の全体像をこうやって眺めてみると,日本の経済政策もその枠組みの中で,そのルール・規制に則っていることがわかるだろう。経済のあらゆる分野において政府の規制を排除しようとしながら,実はフリードマン主義の「規制」に雁字搦めになっている日本の様は,戯画的ですらある。(誰か,こういう戯画を描いてくれないかな。)
自由というものを経済的な自由のみに限定し,しかも,その経済的自由も単に政府の規制を限定・否定するという面だけでとらえられていて,市民的自由とか個人の人権とか民主主義に価値を置かない社会というのは,本当に恐ろしい方向に向かっていくような気がしてならない。その点に関して,フリードマンの考え方がよく表れていると思ったのは,企業の社会的責任に関する部分である。要は,企業の社会的責任とはお金儲け,利潤を最大化することである,という主張である。こういう考え方自体,もう古いと思うのだが,最近,企業の社会的責任という考え方が世間に広まっているように見えながらも,その内実はいまだに利潤至上主義が罷り通っていて,そういう社会から実質的にはまだ抜け出せていないのである。アベノミクスが政財界のみならず一般社会からも好意的に見られていることに,そのことは表れているだろう。
中山さんも引用していたのだが,最後に企業の社会的責任に関するフリードマンの言葉を引用しておきたいと思う。それは,今,日本がこの方向に進んでいるということに警鐘を鳴らしたいがためである。企業の社会的責任は自由を破壊するんだって???社会的責任は自由を守ることでしょ!
市場経済において企業が負うべき社会的責任は,公正かつ自由でオープンな競争を行うというルールを守り,資源を有効活用して利潤追求のための事業活動に専念することだ。・・・それ以外の社会的責任を引き受ける傾向が強まることほど,自由社会にとって危険なことはない。これは,自由社会の土台を根底から揺るがす現象であり,社会的責任は自由を破壊することである。(中山智香子『経済ジェノサイド』p.92~p.93)
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