自律神経を回復・安定させるため,2,3日,旅に出ようと思い,高橋和巳の文庫本と着替えをもって家を出たが,親のことや自分の治療のことが心配で結局1泊で帰ってきてしまった。しかし数ヶ月ぶりに人と会話らしい会話をしたことで多少は精神的に落ち着いたような気がする。以上,近況報告なり。
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さて,前回の記事で私は,今起きている領土問題が,現代史における日本の侵略戦争に対する認識の問題を背景にもっているにもかかわらず,それを捨象した村上春樹のエッセイに異を唱えた。経済交流や文化交流が進めば,それがすなわち友好親善であり,魂の往来であるという村上氏の議論は,いかにも朝日新聞的で官僚的であるが,知識人・文化人の役割というのは,国家御用達の議論を文学的な纏をつけて一般的に表現することではなく,国家やマスコミが隠蔽しようとしている本質的な問題を焙り出して,国民に指し示すことだと思う。その意味では,村上氏のエッセイよりも,市民団体「許すな!憲法改悪・市民連絡会」(共同代表:奥平康弘・暉峻淑子・高良鉄美,呼びかけ人:大江健三郎ら)が出した声明(「「領土問題」の悪循環を止めよう!――日本の市民のアピール――」)に私としては評価を与えたい。歴史認識の問題から目をそらすことによっては,アジア諸国との真の関係改善はできず,領土問題の悪循環を永遠に断ち切れないと思うからだ。その点,この声明では,今回の尖閣諸島の騒動を初発において招いた東京都知事を譴責し,都知事の扇動に乗った国の国有化政策を真正面から批判している。これは知識人の良心を示している発言であるように私は思える。「臭いものには蓋をする」的な態度で国民を盲目にしてはならない。言いづらいことでも,事の本質を捉えて敢えて発言し,国民に伝えるのが知識人のあるべき態度だと思う。
中国での騒動以降,マスコミは恣意的に都知事の姿を映さず,「尖閣諸島は我が国固有の領土である」という前提の上で国有化政策そのものに対しては反論しようとしない。せいぜい,国有化のタイミングが悪かったとか,隣国指導者への配慮が足りなかったとかという瑣末な側面から国の施策を非難しているに過ぎない。そしてこの度,朝日新聞は村上春樹の寄稿を載せた。都知事の尖閣購入宣言についても国有化決定についても,そして歴史問題にも,陰にも陽にも非難していない村上氏のエッセイは,右も左も同意できるような一般的な議論で,その後の反響を見ても国民受けはよかったように思われる。また,中国人作家でさえも,村上氏のエッセイを「対話のきっかけをもたらした」ものとして高く評価している。対して,大江さんらの声明はマスコミではほんのわずかにしか報道されず,国民からはほとんど注目されていない。
声明では,「友好を紛争に転じた原因は,石原都知事の尖閣購入宣言とそれを契機とした日本政府の国有化方針にある」とし,「日本は,自らの歴史問題(近代における近隣諸国への侵略)について認識し,反省し,それを誠実に表明することが何より重要である」と指摘している。この点はこのブログでも指摘したことだが,過去の侵略戦争に主体的に向き合おうとしない文化交流など真の関係改善には役に立たないだろう。日本人が侵略行為について贖罪し,謝罪の念を近隣諸国に対して持ち続けることは耐えられないほどの精神的負担であるが,他方,中国人・朝鮮人など侵略を受けた側も過去の侵略を許し清算して日本人と真正面から向き合うことは,犠牲者への背信とも映り,これまた容易にできることではない。これは無限の苦難と負担を加害者,被害者の両者に強いるだろうが,一人一人が永遠に背負っていかなければならない「十字架」である。
モノ・サービスや文化の交換だけでは真の相互理解(村上氏が言う「魂の行き来」)は達成できないと思う。また,多くの脳天気な政治家が勘違いしているように,日本の首相が「過去の侵略と植民地支配」に対して一度,謝罪と反省の言葉を述べたからといって(村山談話),それで終わり!,靖国参拝でも何でもしてよい,ということには決してならない。
大切なのは,一人一人が「十字架」を背負い続けること。そこからしかアジアの未来は開けないように思う。この重たい覚悟をはっきりと示している声明には,知識人の良心が見て取れると同時に,深い共感を覚える。
それから,声明が台湾の馬英九総統が発表した「東シナ海平和イニシアティブ」を,領土問題の具体的な解決の方向性を示したものとして評価している点も注目に値する。一連の尖閣騒動の中で,唯一の進展といえるものは,この「平和イニシアティブ」の提言ではないか。
民主党の鳩山政権が提起した「東アジア共同体」構想の焼き直しのようなものだが,これが台湾から提案されたことの意味が大きいと思う。日本は東アジアでの安全保障上の存在感が薄れ,とりわけ東シナ海を「平和と連携の海」として構築する上での国際外交上の主導権を失った。その日本にとって,領土問題で中国と連携する意思がないことをはっきり打ち出している台湾の動向は非常に重要である。この「平和イニシアティブ」にしても,また現在,台湾と日本との間に引かれているとされる暫定執法線にしても,いずれも暫定的で玉虫色的,「棚上げ」的な概念で局面を安定化させようという指向に導かれたものだが,当面はそれに配慮し,資源の共同開発などそれを上手く利用して尖閣や東シナ海の安定と平和を図るというのが,現実的で賢明な選択ではなかろうか。今のところ日本政府も中国政府も台湾の提案に対して明確な意思表示をしていない。日本政府の無策によって台湾を失望させれば,台湾で中国との連携を主張する声が高まり,東シナ海はさらに不安定化する。日本は「領土問題は存在しない」との頑なな態度は改め,少なくとも馬政権の提案を尊重するポーズをとり,日台間の漁業交渉を進めるなど台湾の利益にも配慮を示せば,結果的には尖閣の平和的な防衛となり日本の国益にもつながるはずだ。だが,民主党にしても,次期政権政党となるであろう自民党にしても,中国一辺倒であるから,それぐらいの視野も見通しも持てないだろうなと悲観する。
最後に,声明が中国だけでなく台湾や沖縄にも眼を向け,そこで生活する生活者の声を尊重すべきであることを説いている点にも限りない同意を表したい。―――「台湾と沖縄の漁民たちは,尖閣諸島が国家間の争いの焦点になることを望んでいない。私たちは,これら生活者の声を尊重すべきである。」
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