ヨリ道ノススメ 立誠篇 | Electronic Dolphin Eats Noise

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空論上の九龍城

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2015年3月 @ 立誠シネマ

立誠さんと、文博さんのコンビが贈る“映画の魔”空間!
あの密度高き劇場内に木霊する、16mm映写機のカラカラ回る音が、浮世からの離脱を嘲笑う。
何故こんな事が可能なのだ…
恐るべし。 

Bプログラム
【怪奇大作戦】第25話「京都買います」
実相寺昭雄監督/佐々木守脚本
【恐怖劇場アンバランス】第4話「仮面の墓場」
山際永三監督/市川森一脚本


怪奇大作戦の「京都買います」も、恐怖劇場アンバランスの「仮面の墓場」も、既に見た事あったドラマなれど、劇場✖︎スクリーン✖︎16mmとなると、最早別次元。
ちょっとのヨリ道のつもりが、人生踏み外しかねないぞ、これ。 


「京都買います」

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怪奇大作戦の「京都買います」はカルトな人気誇るタイトル多い実相寺昭雄監督のドラマ群の中でも、未だ新たなる世代から発見され続けている大傑作!

これをまさか京都で、しかも16mmで観られちゃうとは…


猛スピードで変わり行く風景・人の心と、それとは矛盾する伝統を有り難がる世の風潮を、愛憎塗れた眼差しで京都の町に見事落とし込みつつも、余りに詩情溢れた画で綴り、未だ揺るがぬ真のカルト。


怪奇大作戦は30分番組だった訳で、実質25分に満たない本編なのに、何!?この密度、そして時間の感覚…である。
決してエピソードを詰め込んではいないのに、目眩く京都の町並みと人の複雑な心の迷宮に、囚われ麻痺する感覚… 


物語の中心を演じた、岸田森、そして斉藤チヤ子の、解り合えたかもしれない…悲恋未満な関係性が美しい…そして儚い。
あのラストの涙… 


ここでの岸田森、その自分の中に抱え込んでしまった矛盾に対する戸惑いと苛立ち…が、そのクールな立ち振る舞いを乱す様が素敵だ。
矢張り、あの陰影はスクリーンに映える。
しかし、加瀬くんに見えるよね! 


兎に角実相寺監督らしいあれらの画をスクリーンで観られちゃう至福よ!
美弥子が僧侶の中へ消え行く画なんて鳥肌立つよ。


あとね、音楽が酔い!
あのディスコで流れるサイケデリックなロック!と、念仏が溶け合うシーンのカオスたるや…
あのロマンティックな
ギター曲も素敵だ。


約50年も前のTVドラマの1エピソードでしかないのに、未だ語り継がれ、新たなる世代から発見され続けている。
それは何故か?
の答えは、本来監督が想定していたであろう、劇場でのフィルム上映でこそ掴めたのでは?

しかもその劇中でその行く末を語られた地で観る機会はこれっきりだったかもしれない…


「仮面の墓場」

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一方の恐怖劇場アンバランスの「仮面の墓場」は、主演の唐十郎の突き抜けっぷりが素晴らしい、アングラ劇団を描いたシュールで詩的なサスペンス。

いやぁ、こちらも傑作じゃんか!


主演が脂の乗り切った唐十郎って時点でもう傑作を約束された様なものですが、ドラマの設定が八方塞がりなアングラ劇団ってのでもう!
三谷昇の怪演、橋爪功のイケメンぷりも見応えたっぷり。 


寺山修司を想起しそうな非常に詩的なオープニングからの一転オカルトな展開が素晴らしい訳ですが、(本作が撮られた)60年代末のあの熱気が発酵寸前に熟し切った様には胸焼けする。一線を越えてしまうエンディングは壮絶! 


あの海・少女・義眼・歌・釦・老婆…らが寄せては返すイメージの波に、ジワジワと観てる此方迄侵食されて行く感覚はあの時代ならではなのかも?
明らかにあの墓場に入っているのは人形であるのに、あんなにも生々しく撮れるのも凄い。 


そうそう、あの目が釦になった少女を観て、D[di:]を思い出したのは私だけ? 

 

Cプログラム
【怪奇大作戦】第23話「呪いの壺」
実相寺昭雄監督/石堂淑朗脚本
【恐怖劇場アンバランス】第10話「サラリーマンの勲章」
満田かずほ監督/上原正三脚本


こちらも両作共見てはいてて、どちらも好きな話だったんだけど、やっぱスクリーンだと別格。

にしても、ホント、大人なドラマだなぁ。
戦後、変わり行く風景と、それについて行けぬ者たちとの、軋みの紡ぎ。 


「呪いの壺」

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怪奇大作戦の「呪いの壺」は「京都買います」とセットで語られる京都編のもう一編。こちらも監督は実相寺昭雄。
カルトが過ぎる京都買いますに比べると幾分地味なものの、スクリーンでのクライマックスのあの寺院炎上(
日本の特撮の金字塔!)には度肝抜かされた!矢張り傑作。今観ても尚チビるな!


「京都買います」の前哨戦(放送的には二話前)故、割りかし彼方よりまともな展開(これで?)とオチで一安心(なのか?)。

和製ミステリーの常套句を並べつつも、見えてくるのは脈々と人の心を縛ってしまった封建的な社会が抱えてしまった闇。
紅蓮の炎を燃やす青年演じる花ノ本寿さんの狂気、その父親役の浮田左武郎氏の怒りが胸に焼きつく。 


捜査に託けて悠々と京都の町並みを舐め回す様に徘徊するカメラに存分に酔えます。
そして、おぉぉ!な蒸気機関車の登場で昇天!
16mm×立誠空間、ヤバ過ぎた! 

この至福と陶酔はもっと騒がれて良い。

何度もヤベェ!と声漏れた。


松川純子さん演じる古物商の娘、眼鏡掛けている設定なんですが、その硝子に炎が写る画があって、これが何とも今作の持つ熱を象徴してて印象深い。と、思ってたら、同時上映された「サラリーマンの勲章」にもあった! 


「サラリーマンの勲章」

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恐怖劇場アンバランスの「サラリーマンの勲章」は、レンタルで見た時からお気に入りの一本。

梅津栄と冨士真奈美の絡みが最高におかしくって、哀しくって、泣ける。
全然恐怖じゃない!んだけど、こんな形で炙り出される本音こそ、このシリーズの肝。 


実はストレートなホラー作品が少ない“恐怖劇場アンバランス”の中でも異色中の異色作。

今の感覚で見たらホラー要素は皆無でしょう(違った意味での恐怖はあるものの、それも今では嗅ぎ取り難いか?)。


“サラリーマンの勲章”である出世を拒絶し、一杯の珈琲を味わうゆとりを求める主人公の姿は今ではそちらこそ世のスタンダードだし、そこからどんどん脱線して行く姿にはWhy?なのかもしれないけれど… 

ここには劇中でも描かれる様に戦争に青春を奪われ、その後の高度経済成長で心身を削られてしまった世代の、決して叫べなかった本音が満ちているのだ。

相当に過激な一本。


ちょっと面白いのが、余りに番組のコンセプトから脱線したエピソードに危惧してなのか、ある登場人物の台詞に強引に“アンバランス”と捻じ込んでるシーンあるのよね。 


恐怖劇場アンバランスが放送されたのは、1973年(実際に撮られてたのは1969年で四年近く封印されていた)で、放送時間は夜の11時台。勿論録画する様な環境なんて当時は無い訳で、そうなると見た層は限られてたんだろうなぁ。 

四年近く封印されたのは、余りに過激な描写が多く(驚く事にゴールデンタイムでの放送を予定していたそうだ!)スポンサーが付き難い為だったそうだけれど(今ならソフトリリースって手もあるけれど…)、今もまた似た状況だ。