ジミーとジョルジュ/キングス&クィーン | Electronic Dolphin Eats Noise

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空論上の九龍城

アルノー・デプレシャンの新作『ジミーとジョルジュ』と、2004年の前々作『キングス&クィーン』鑑賞。

2015年2月 @ KAVC


デプレシャン作品は劇場では初。
昔レンタルで見た時は
正直ピンと来なかったんだけど、今回はリヴェンジも込めて挑んだ。 

改めて観るとこんなにもツボ突かれるか!だったな。

相当に辛辣な側面もあって、何もそこまで…なんだけど、だからこそのリアルな会話劇だ。


『ジミーとジョルジュ』も『キングス&クィーン』も、人の心の・精神の、その奥に蟠り、それが現在の自分の日常へと表出し支障を来たしてしまう程の過去の傷や病み(闇)を解きほぐし、対峙させ、浄化させる。 


『キングス&クィーン』
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圧倒的!
コテンパンに打ちのめされ、放心した全身全霊をギュと抱きしめ、そんでもってたっぷり愛してくれる様な、そんな無敵の傑作!
35mmフィルム上映!!!


クィーン側の主人公ノラは三度目の結婚を前に、慎重さと果敢さを携えつつも、幸福を眼前に見据えいる。
筈だったのに…軈て父親の病、最初の旦那の死、心も体も離れ行く息子が、その歩みを絡み捉え、躊躇ってしまう。 


一方のキング側の主人公イスマエルはノラの二番目の夫。

彼はその不安定な躁鬱気味のテンションで周囲にトラブルを起こし、精神病院へと送られてしまう。ものの、その束縛されぬ魂は、そんな日常すら振りほどく。 


この(ある時期はパートナーでもあった)ノラとイスマエルの物語を対照的に交互に描きつつ、そこを結び付けて行く息子を軸に、キングスの“ス”であろう、他のノラを巡る男達を絡ませつつ、物語は静かで大きな畝りを見せる。 

150分間をフルに活用するかの様に雑多なエピソードが、一見脈絡なく詰め込まれているものの、それらが、この物語をとても豊かな人間ドラマへと肉付けて行く構成が素晴らしい。


ノラとイスマエル、対照的な状況下であるものの、親や兄弟との関係性や、新たなるパートナーとの出会い、信じていた者からの残酷な告白(これはとても胸痛い)等々、巧みに呼応するエピソードを配置している様がお見事。


今作何よりマチュー・アマルリックが白眉。

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あの躁鬱のテンション、眼差し。

彼特有のコミュニケーションを代弁するかの様に鳴らされるヒップホップのビート、そしてダンスも秀逸。


マチュー演じるイスマエルが出逢う中国娘(中国人ではない)がとても印象的なんだけど、彼女が初めてイスマエルと喋ってる時に、不意にインサートされるあの舌出す表情…あの編集インパクトあるなぁ。


そして、何よりイスマエルが元義理の息子と二人して外へ遊びに行っての互いの表情や会話が最高です。 


ジミーとジョルジュ 心の欠片を探して
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デプレシャンが『キングス&クィーン』で踏み入った心の森の更に深部へと分け入る。


ベニチオ・デル・トロ演じる戦争の後遺症に悩む元軍人ジミーと、型破りな精神分析医ジョルジュの、治療の枠を越えた対話と、交流。 

二人の凡ゆる壁を越えた対話は、治療と言う形を通して様々な蟠を解きほぐし、露わにし、対峙させる。

デプレシャン、この表現がまた素晴らしい。
解きほぐされた根の先は何処迄繋がるのか?
痛みを伴いつつスリリングだ。 

ベニチオ・デル・トロがまた素晴らしいなぁ。

『キングス&クィーン』でのマチューとはまた違う、その病みの闇。
人間とは何と複雑な襞をその奥底に蓄え、その見えぬ裏側には本人ですら気付かぬ傷を刻んで育つものか、と。 


そして、二人の対話がジミーの闇を露わにして行くだけで終わらないのがまた良いんだよね。

この治療はジョルジュにとってもブレイクスルーになった訳だし、軍病院や精神病院の問題、ネイティヴアメリカンの問題にも光当たるのだ。 




にしてもデプレシャン、良いっすねぇ~
観た後猛烈に誰かと対話したくなるぞ!