そんで、残りの3本鑑賞。
『太平洋ひとりぼっち』
『野火』
『鍵』
前日に観た3本も併せて、よくもまぁ、こんなに近しい時期(1959-63年)に、こんなにもバラバラな作品を撮り捲ったな!と。
前日に観た3本が市川崑の“ライトでカルト”な側面だったとすれば、この3本はドロリとフィルムから漏れる本音汁に足元絡まれる。しかし不思議とコッテリとはしてないんだよなぁ。
個人的には前日の3本は見た事あった作品ばっかだった反面、こちらの3本は未見のばかり。かと思いきや、『鍵』は確かNHKだったかで、途中から見始めておもろい!と最期迄見ちゃった記憶が蘇った。
これにて無事六本崑プリート。
去年の木下惠介は半分しか観られなかったんで 今年こそは!でした。
しかし、この火曜➡︎水曜の流れ、完璧じゃないか!?
私が組めと言われても、多分二日間の振り分け、それぞれの流れはこれにすると思う。
『太平洋ひとりぼっち』
いよいよ船出始めた石原プロが、此方も船出始めたばかりの円谷プロの協力を得て、冒険家堀江謙一氏の驚愕の実録をベースに、制作した意欲作!的なのを想像して観て、余りのイメージとの違いに後退り。
石原プロ、そして円谷プロ。
言わば究極の戦後のアメリカン・コンプレックスの象徴が、ボート一つでアメリカへと渡るだなんて偉業に挑む(しかも直後の翌年に!)のは必然な帰結。
しかし、監督任された市川崑は一筋縄でなかった…
だってさ、裕ちゃん全然かっこ良くないんだもん!
これ、問題にならなかったの?ってぐらい主人公の描写が容赦ない。
身勝手で我儘だし、聞く耳持たないかと思えば、人の好意は貪る。
いやぁ…ラストの爽快感の全くのなさは凄い。
先輩役で登場するハナ肇さんのあの台詞、あれなんて、当時の芸能界での石原裕次郎本人へ当て書きな言葉な気がしないでもない…
そしてこれ、実家での描写の数々がホラーか!?ってトーンある。
あんな風に描かれて、モデルになった本人達どうだったんだろ(苦笑)。
しかし、田中絹代さんも森雅之さんも、流石の存在感だ。
そして、浅丘ルリ子さん!まぁ、別嬪ですわ。
殆ど台詞ないんだけど、奔放な兄への独特な距離感が結構グッと来るな。
あの実家の工場のインダストリアルな美、古い家屋の造形、お馴染みな屋根瓦。
寡黙な父、心配性な母、今時な妹。
その独特なドロリと塒巻く情念。
が、早くも後の金田一シリーズなんかとも通ずるムードなんだよなぁ。
そんな情念の渦巻く中、からりと一人陽性な兄の浮っぷりの凄まじさを、容赦無く時代の“鬼っ子”として描いてしまう市川崑。って構図。
あのサンフランシスコに着いてからも、やったー!達成した!なムードは皆無で、何とも残酷なのは、あんなにアメリカへのコンプレックスを跳ね除けたかの様な嘗ての彼の肉体美が、当の現地では萎縮してしまったかの様な描写となされている事。
と、綴ると『太平洋ひとりぼっち』は迷作っぽく思われそうですが、これが滅法面白いので困る。
崑ちゃん、相当に意地悪な撮り方してるものの、その画作りや編集は流石に脂乗り切ってる時期だけに唸るものばかり。
今作のホラームードを助長してるのに、武満徹の音楽もあるよなぁ。
オープニングなんて殆ど海洋ホラー!
そんで絶対崑ちゃんにしか打てない!な、完マークのタイミングには鳥肌!あれ、よく反対されなかったな(笑)。
塚本晋也版も控えている今年、是非観なきゃ!な一本で、しかし、まぁ、こりゃ、手強い!
あんな壮絶な狂気の中、一人マトモで居続ける主人公(船越英二!)の悲劇。
そりゃ、アチラ側に踏み込んだ方が楽だよ…
これなぁ…
ちょっと、ここ迄描いちゃってるとは思わなかったよ…
オープニングの船越英二のあの顔・目から只事でないんだけど…
彼のピュアな眼差し越しにクッキリと見えてしまう戦場…を追体験する私達はどちら側だ!?
後半大きく主人公に絡んで来るミッキー・カーチスさんの、飄々と深淵に墜ちて行く様が目に焼き付いて消せそうにない…
ねぇ?観られた方々(笑)、と、語り合う密会開催したい程の怪作。
しかも、元映のあの空間に映える・映える。
脂乗り切った崑ちゃんと、死角無し!な鉄壁のアンサンブルの四巴。
オープニングからしての仲代達矢と中村鴈治郎のあの絡み!
鴈治郎はんの飄々とつつも隙のない様と、仲代達矢の完全にこの世に在らざる者でなさそうな不気味さ。
その絶妙な緊張と緩和。
仲代達矢が終始発する“はっ?”が切断する空気。
路面電車が分け入る京都の街並み。その路面電車から降りる鴈治郎。そのびっこ引く様。で、一気に私達観客は一線を越えて踏み入ってしまっていた。
この一連の流れの画の美しさ、漏れる淫靡さ、その流麗な流れ。
中村鴈治郎(父)、京マチ子(母)、叶順子(娘)が、それぞれの想い抱えて仲代達矢の下(大学病院)を訪れ、一様に自宅に誘う流れが秀逸で、あれで一気に各々の性格と、それぞれの関係性が浮き彫りになる。
その集って行く流れもまた珠玉。
仲代達矢が家に訪れる際に持ってくるのがカラスミっての何ですが(笑)、それを中心に揃った四人のズレが一気に見えてしまう構成もまた巧みだ。
京マチ子さんがねぇ…何とも色っぽい。艶っぽい。
この時点で30代半ばなのかぁ。
鴈治郎さんは60手前。
もうね、鴈治郎演じる旦那が、どう妻を仕込んだのか?を語る辺りの厭らしさ、そして、それを妻がどう嫌悪してるか?の描写!
娘役の叶順子さん、普段は地味ながらも時折ゾクっとする色香魅せて、凄く好い。
京マチ子、山本富士子、若尾文子に次ぐ大映のスター女優としてキャリア歩んでたものの、撮影が原因で眼を悪くして引退してしまったってのは残念だ…
叶順子さん、一番ゾクっとした顔は、雨の中、自分の婚約者と母親の二人の下へと、父親を送る際のあの表情!
しかし、中村鴈治郎さんの、あの飄々とした佇まいながら、一切の隙感じさせない、あの所作、存在感。堪らん!
去年レンタルして見たオムニバス映画『女経』でもすんばらしい厭らしさでした!
今作では芸術的とまで自惚れた“性欲”の衰えに対峙した初老の足掻きっぷりが素晴らしい訳ですが、カメラと供に奮闘して成就させ様とする件とか堪らん!
あの眼鏡の落ちるタイミングとか最高!
中村鴈治郎演じる剣持は古美術鑑定家の大家って役どころですが、古美術商として訪ねてくる山茶花究との絡みなんてもう!
ここんとこの邦画探索でのお気に入り二人がスクリーンに並んで収まってる様…
御馳走でした!
北林谷栄演じるお手伝いさんも一癖・二癖螺子繰れてて最高であります。
まぁ、しかし、矢張り今作の肝は仲代達矢であろう。
今作の時点ではまだ20代半ば!
美の神も醜の悪魔も嫉妬しそうな程の危険過ぎる造形と、内面の見えぬ…いや感じぬ希薄な存在感。
言葉の端々に知性、所作の全てに育ちの良さ!
爆笑したのが、あの仲代達矢&叶順子の絡みからの流れでの機関車ね!
あの連結!蒸気の噴射!あからさま過ぎ!
市川崑作品、特に今回元映で上映された6作には、“世界”と“自分”とのその決定的な齟齬に対峙した“私”の眼差しが、凡ゆる形で焼き付けられていた訳ですが、その齟齬を描くに船越英二や仲代達矢のあの超然とした様は最適だったと言える。
私は狂ってなどいない。”
な、仲代達矢や船越英二の憮然とした立ち振る舞いこそ市川崑作品の真骨頂。
成る程、石坂=金田一に地続く道が見える。
今回の神戸映画サークル協議会特別企画“市川崑作品集”の六本。
最初ラインナップが発表された時は、ちょっと製作時期が偏り過ぎでは?と思ったものの、実際蓋開けてみたら大正解。短い時期(1959-63年)に絞ったからこその濃さと幅の際立ちだ。
これぐらいの本数での監督特集の方が、個人的にはありがたいやねぇ。
スケジュールも無理ないし。
35mmフィルムはどれも保存状態良かった。色の深みも絶品で、崑ちゃんのあの屋根を沢山観られただけでもお腹一杯。
来年も宜しくお願いします!






