ヴァンパイア | Electronic Dolphin Eats Noise

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空論上の九龍城

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2012年9月 @ 梅田ガーデンシネマ

もう、
この場内に流れてるピアノからして…
俗世が憎い!


ヴァンパイア…

あぁ…

…ヴァンパイア。


こんな時代に、いや、だからこそ純度高めないと、表現活動なんて持ちやしない。
『ヴァンパイア』は異形の吸血鬼映画のマントを纏った素っ裸の岩井俊二丸出しな映画、いや、最早映画であることにすら執着していない気すらする。

表現者なりの宣戦布告?


閉じてる悦楽と、開かれる快楽。
伴う恐怖。
やがて訪れ行く…


箱庭的と言うより箱庭そのもの。

しかし“献血”する吸血鬼って(笑)。

いや、あれにこそ、想い象徴されてんじゃないだろうか?


成長する過程で、肝心な物欠落してしまい、それを補う様にイマジネーションが肥大してしまった。
陳腐な物言いだけどさ、アーティストってそんなものだろうし、じゃなきゃその存在は何で?って疑問や矛盾だらけだ。


岩井監督はその最たるサンプルとして、理想的なまでの歩みで私達をワクワクさせてくれたり、ガッカリさせてくれたり…


大体岩井監督のtweet読んでると解るじゃん(笑)。


岩井監督の異形過ぎる言語と文脈を、自ら“邦画界”に翻訳しようとした格闘こそが、初期岩井映画の歪な面白さで、そのたどたどしさと瑞々しさの幸福な“読み間違え”が『Love Letter』だったとすると、無謀な挑戦に“カタコト”に成らざるを得なかったのが『スワロウテイル』か。

自ら遺作を先行した『リリィ・シュシュのすべて』以降の軽やかさは、ある種の(邦画界への)諦念の上でのなんだろうけど、そのお陰で私達は、他の映画作家では決して味わえない道程に振り回される快楽にゾクゾク出来ている。

しかし『ヴァンパイア』は、果たしてどれ程のお客さんに噛みつけるのだろう?
『リリィ・シュシュのすべて』以前・以後で彼を支持する層に大きな隔たりあるとは思うんだけど、今はもう“リリィ・シュシュ”以後ですらないだろう。
あの岩井俊二を全く知らない世代にどう響くのか?興味は尽きない。


“こんな僕でも愛してくれる?”と“こんな僕を救ってくれ!”と“こんな僕で生きて行く”の、鬩ぎ合い、ってか、それそのものが岩井俊二監督で、『ヴァンパイア』の剥き出し具合にはくっきり評価別れるだろう。

しかし、高評価ばかり見えてるのは、まだまだコアな層にしか届いてないのだろうな…


そう言えばその製作段階から漏れて来てた女優陣の名前に悶えてたものでした。
監督の戦友とも言える蒼井優に、忘れ得ぬ一本『クジラの島の少女』のケイシャ・キャッスル=ヒューズに、ミーハーに顔が好きだった(笑)レイチェル・リー・クック!
これだけ揃ったらもう、お腹一杯。


まぁ、レイチェルは何か残念な役(彼女は役に恵まれない…)だったし、蒼井優も思った程引っ掛からなかった。
反面、決してメインでないケイシャは強く印象残るな。あの顔の造形がもうズルい!


一方でメインとも言えるアデレイド・クレメンスが一番印象薄く、ラストにだけ登場するクリスティン・クルックは鮮烈な印象残す。
監督、正直過ぎ!


主人公の母親役にアマンダ・プラマーなんだもんなー。
ちょっと強烈でした。


もう一つ、『ヴァンパイア』で語らねばならないのが、矢張り音楽だ。

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元々PV界で頭角を現した監督の、音楽への想いは作品を重ねる毎に強まってましたが、ここに来て極まったのでは?下手したら映画音楽家としても大成しちゃうんじゃなかろうか?美しい!