自分にまだこんなに剥き出しの部分が残ってたのか…っと沁みる部分で判る、『名前のない少年、脚のない少女』、これは破格の傑作なのかもしれん!
どのシーンを切り取ってもそのまま再利用できそうな程の驚異のカメラと、内面の機微の振動を繊細に再現した驚愕の音響処理。
是非劇場のスクリーンで体感して欲しい作品。
ーネットは時間や空間を溶解し、そこで意識は肉体を解離し漂流する。
どこまでも(永遠に)飛べる、その自由さと不自由さ。
物語る事・物語れない事。
映画はここから(ひっそりと)確実に改訂されたー
観てて思ったのは、ネットは意識を肉体から切り離し、それこそ時空を越えたシンクロニシティを起こすんだなーと。
若しくは新たなグローバリズム?
だってさ、すんごく普遍的なんだもん、これ。
世代やお国柄に囚われない。
全然革新的に感じないその革新性。
ではあるけれど、この国の映画ジャーナリズムは気付かなさ過ぎでないの?
この映画に世界は静かに鮮やかに改訂されて行く筈だ。
例えば物語る事の有効/無効性とか。身体性。“言葉”そのものであったり…ネットにおける時空感覚だとかね。
あと、音響がまぁ素晴らしいのだけれど、音楽も良い。
サントラ買ってても良かったかな~?
それとディランの“ミスター・タンブリンマン”が重要な役割を担ってる訳だけれど、未だに新しい世代からも見つけられ支持されるディランの魅力って何なんだろう?一度真正面から挑まねばならない。
21歳で16年間分写真撮ってるって!?
しかし、監督エズミール・フィーリョが注目されるきっかけになった短編『Tapa Na Pantera』は、 マリファナを吸い続ける女性を撮っただけってのは(笑)。
