天安門、恋人たち | Electronic Dolphin Eats Noise

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空論上の九龍城

そして…『天安門、恋人たち』

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@ 元町映画館。

2014年3月。


終映してから、今も尚、こんな体感が続く作品を他に知らない。
今のところロウ・イエ最高傑作だとの確信はより強まり、2000年代、いや、映画史に於いても、十指に入れて問題ない程の破格の傑作。 


もうオープニングの、あの物言わぬ、全身全霊の孤独の隙間を埋めんと貪り尽くすSEXからして慄くものの、結局それは無為な事と言わんとす、あの二人の絶望的な距離に“ロウ・イエ”とサイン刻む、その感性に腰砕けた。 


ユー・ホンが田舎出て北京へと向かう電車内で見せるあの一瞬の表情にゾクっとしたなぁ。
あんな瞬間が効果的に映えるのは、矢張り劇場ならではだろう。

彼女が北京出て来てから、天安門の事件に至る迄の大学構内の、それぞれが未来へ向けて放つ想いのベクトルと、誰もコントロール不可な大きなうねり。

そんなうねりの中で、澱みとして軋み合う愛と身体。


兎に角台詞が極端に少ないんです。

『ふたりの人魚』や『スプリング・フィーバー』みたいにモノローグや字幕が効果的に使用もされない。
なのに、その二作以上に登場人物達の心の声が溢れている気がする。


多くの方が指摘している様に、これは天安門の事件を描いた作品ではない。

だが、勿論そこは重要なポイントとして、登場人物達の心の有り様を、そして物語の前半と後半を分断している。 


あの変節の季節にも微動だにしない大きな川の力と、空っぽのプール…その対比が折り重なる瞬間、思考と肉体が脆くも崩れてく様に私的ピークが訪れた。

あそこで果たして、ロウ・イエは何を映してしまったのだろう? 

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天安門事件後の決定的に何かを失ってしまったそれぞれの彷徨いは目を覆いたくなる程に痛い。
しかし、それでも、街は、人は生きねばならない。
事件後の展開こそロウ・イエの凄みで、それは本人すら予想も出来ない境地へと…


ある種のロードムービーなんだよね。
監督が、監督自身のその愛にSEXと政治で以って揺さぶりを掛けて、彷徨っている。


登場人物の、街の、心そのものに息詰まるストリングスの調べが素晴らしい。
音楽を担当したペイマン・ヤズダニアンは、この後『スプリング・フィーバー』、そして新作『パリ、ただよう花』でもロウ・イエと組んでいる。


『天安門、恋人たち』も、またタルコフスキーを想起させるとこがある。
あの教室に舞う綿とかさ、空っぽのプールなんて『ノスタルジア』!?だし、天安門でのあの暴動での長回しもそれっぽいトーンあった(ここはアンゲロプロスやタル・ベーラも思わす)。