さっき電話話してて、なんとなく感じたものをダラダラと考えながら書いてみます。


ジョハリの窓 からすれば『自分から見た自分』と『他人から見た自分』は違うわけで。この2つを合わせて腹に落とし込んだものが、自己紹介とかで他人に言う『自分感』だよね。その自分感を、他人が聞いた時に腹に落ちるくらいシックリくるにはなにが必要なのかな、と。


そこで一番大事なのは『自分から見た自分』をしっかり持ってることなんじゃないかなー。それを持ってなくて他人から「~って~な人だよね」とか言われると、単純に自分ってそーいう人間だと思っちゃう。「よくわからんけど、他人から~って言われるし、~な人間なんだろう」って思う。そして気付かないうちにそれが『自分から見た自分』だと思ってしまう。これは危険なんじゃないかなと。


それだと結局『自分から見た自分』は「自分で考えた、自分から見た自分」じゃなくて「他人から言われた、自分から見た自分」なわけで。つまり『他人から見た自分』になる。


上に書いたみたいに、自分感ってのは『自分から見た自分』と『他人から見た自分』を摺り合わせた結果出来上がるものなわけで。ということは『自分から見た自分』を持ってないと摺り合わせの対象がないから、自分感は出来上がらないことになる。


そうすると他人に言っても「中身のない自分感」になってしまう。「自分ではこう考えてるけど他人にはこう言われます」と「他人にはこう言われます」の差になる。「他人からはこう言われます」の部分なら別に本人に聞く必要がない。聞きたいのは「自分ではこう考えてる」と「他人にはこう言われます」の違いの部分で、そこを自分ではどう考えてるかだよね。別に面接とかでそんなん聞かれるかは知らないけど、自分で認識してるか否かで言葉の力が全く違ってくるし、言葉に力があった方がいいと思う。


だから常に「俺、こんなんですけど!?」って核になる気持ちがあることが大事で、『他人から見た自分』を聞いたときは、なんでそう思われるのかを真摯に摺り合わせをする。


まとめると、自分感を作るには『自分から見た自分』が大事で、『他人から見た自分』はそれと比較する対象でしかない。




そんなことをビール飲みながらひたすら考えてるわけです。

キショイわ~、自分。