そう多くはないが、
何がなんでも教授に成りたがる友人がいる
耐えがたきを耐え、偲びがたきを偲び
苦節20有余年
彼らの頭の中には“教授”という二文字がいつも独占している
彼らの人生まさに“教授”一色と言ってもいい
それ以外のことには見向きもしない
まさに、耐えがたきを耐え、偲びがたきを偲び、の人生である
と、外からは見える
それで晴れて教授に成れれば報われるかもしれないが
成れなければ人生の無駄使いということになってしまう
少なくともそんな不確実性に人生をかける勇気は僕にはない
教授など成り行きで成れればそれでいいが
そうでなければ無理に成ることもあるまい
その程度のものではないか
それよりも楽しく旅にでも出ようよ 世界が変わるよ
と、そそのかすのだが、全く聞く耳を持たない
たかが教授と言えば彼らは顔を真っ赤にして怒るが
でもたかが教授である
少なくとも一般的にはそうである
教授そのものには何ら価値はない
教授に価値があるとすれば本人に価値があるからだ
そのあたりの機微、教授一直線の彼には気づかないのだろうか?
それにしても不思議である
学生時代にあれだけ優秀で頭が柔らかい彼らが
なぜたかが教授にこだわるのか
それならば自分の価値を高めたほうが近道だと思うのだが
いずれにせよ、今の僕には何の興味もないことだが・・・・