初戦を勝利で飾ったフランス代表は予期せぬ形で「歴史に残る」ことになってしまった。いうまでもなく史上初のヴィデオ判定の導入によってだ。こんなアホな大会はボイコットするのがこころあるレフェリーのほんらいのありかたではないか。去勢されたレフェリーたちよ、これいじょうピッチで醜態さらすな。いまからでもおそくはない。潔くロシアを引き揚げよ。

 

 話題は変わるが、香山リカが「『発達障害』と言いたがる人たち」というタイトルの新刊を出した。

 

 新聞の紹介文によると、片付けができないといった理由で発達障害という診断を欲しがる患者の例などが紹介されているらしい。

 

 ことほどさように「発達障害」はなんでもありのカテゴリーである。発達障害と診断されれば、すべてを「障害」のせいにして責任逃れができる。

 

 とかくひとはこういう手近なカテゴリーに飛びつくことで悩みから解放されようとしがちである。

 

 精神分析の教えるところによればすぐれて各主体に個別的なものであるはずの精神的な葛藤を、出来合いの「障害」に還元して救われようとするのだ。

 

 もちろんそれで悩みが解消するはずはない。

 

 たとえば「性同一性障害」なるカテゴリー。

 

 すこしまえに新聞の片隅にきわめて興味ふかい事例が報道されていた。

 

 じぶんは性同一性障害だとおもいこんで戸籍上の性を変えたが、あとからそうではないと自覚するようになって、戸籍を元に戻す申請をした人のケースだ。

 

 しばらく経ってから、この申請が受理されたという続報を読んだ。

 

 もっと最近の報道によれば、なんでも香山の天敵としてしられたあのK(ショーンKではない。肩書きは似たようなものであったが)が同性愛を「カミングアウト」したという。

 

 原発事故いらい肩身が狭くなっていたらしく、しばらくマスコミからは姿を消していた女史のこのたびの宣言には妙に説得力があるといったら失礼にあたるだろうか。

 

 “男勝り”のイメージを売りにする自己啓発本作家であったからこそ、性同一性障害にたどりついたというストーリーはわかりやすく、おそらくかのじょの読者たちにも受けるだろう。

 

 とはいえ、お相手の同性愛カウンセラーなる方による啓蒙(洗脳とは言わないが)の影響もすこしはあった可能性がある。

 

 また、女史には二回の離婚歴があるという。精神分析によれば、“男性問題”からの逃げ道として同性愛にたすけをもとめるのはありふれたシナリオである。

 

 原発再稼働への国民の抵抗が薄らいできたこの時期におけるカミングアウトというタイミングもなにやら意味深長である。(福島第二原発廃炉などというあつかましくも見え透いた“煙幕”は国民蔑視いがいのなにものでもない)

 

 週刊誌をよまないので、想像だけで話をするのはフェアではないかもしれないが。

 

 私見は発達障害や性同一性障害で悩んでいらっしゃる多くの方々に不快感をあたえる意図は毛頭ない。念のため。