瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

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今週は年美さんのご質問からスタートです。

 

 

 

年美さん:「先生が色んな方に声をかけるとお話されるという時に、『袖振り合うも他生の縁でしょ?』と仰っていて、そういえば昔聞いたなぁと思ったんです。自分の周りにいる人は前の世界で必ず何か縁があった人たちと伺っていた記憶がありまして、もう一度その話を聞きたいなと思ったんです。」

 

 

先生:「袖振り合うも多生の縁。昔は着物を着ていたから道で袖を触れ合うだけでも他生の縁。つまり今我々は肉体を持って生きているけれど、どこか違う時間軸のところでしっかりとご縁があった方。しっかりと深くご縁があった方、例えば年美ちゃんは違う時間軸では私の息子だったかもしれない。

 

というように、今ここで生きているけれど、そうでない時間軸のところでしっかりと深いご縁のあった方でしか、今すれ違うこともできないという意味なの。すれ違ったということはすごい事なの。

 

これを少し広げていくと、同じ車両に乗ったとか、スーパーに行って目の前に並んでいるとか、映画館で一緒に観ているとか。すれ違っているだけではなくて、その場にいるとか会話しているというのはすごいことなの。

 

だから、自分の視野に入っている他人の声や存在というのは違う時間軸においてものすごい縁があってお世話になった人のはずなの。その人と今回も道端ですれ違うことができた。そういう方としかすれ違うことができないからベビーカーを押しているママに声をかけたのよ。どこかの時間軸で相当な縁だったと思うの。だからすぐに人に声をかけてしまうの爆  笑

 

 

年美さん:「そう考えるとメチャクチャ楽しいなぁと思います。」

 

 

 

先生:「他人と自分の境界線って引かないほうが人生は幸せ。」

 

 

 

美千子さん:「イメージすると難しいなぁと思いますあせる

 

 

 

先生:「仏教の教えを実践すると境界線がなくなるの。自分で境界線が薄まったと実感があったの。それは年美ちゃんを真解を鑑定(面談)している時だから10年以上前かな?年美ちゃんを鑑定しているときに”この子の苦しみを絶対に取らないと!このままは許さない!”って思っていたの。」

 

 

年美さん:「ありがとうございます。」

 

 

先生:「もし、心から年美ちゃんが笑顔にならなかったら許さないって思ってた。」

 

 

 

 

時間がないのでこの辺でバイバイ

 

 

袖触れ合うも他生の縁という言葉が昔からあるということは、前世だったり過去の因果という概念が昔からあってちゃんと理解されていたんですね。

 

 

ラジオの中で先生がUPされたブログのお話をされています。

確か職場でブログを読んだのですが、すごくほっこりしたのを覚えています。こういう家庭に子供がたくさん生まれて育ったら平和な世の中になるんだろうなといつも思うのですが、大抵そういう家には子供は1人か2人と少ないので、世の中変だなぁと子供の頃から思っていました。

 

 

話を他生の縁に戻すと、私が友達がいなかったり知り合いが少ないのは、他生のときにも人に話しかけたりしてないからなんでしょうね。私の性格だと別の時間軸で積極的に話しかけたりしているとは思えないので妙に納得しました。