瀧本先生のラジオは毎週月曜日の23時からと、毎週土曜日朝8時から再放送されます。

下差しこちらのURLからラヂオきしわだのラジオが視聴できます。

http://www.radiokishiwada.jp/simul/

 

 

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今日は先週の慈悲瞑想の続きからです。

 

 

 

先生:「最近、慈悲瞑想をブームにしようと思っているのね。」

 

 

年美さん:「そうですね。みんなの間でブームになっています。」

 

 

先生:「たくさんの情報を与えすぎちゃうとみんな知っているだけの人間を作っちゃうから、それをじっくりやった事があるという法友を作ってみたくて、今の瀧本の広めようブームは慈悲瞑想なの。そして、その慈悲瞑想が出来ませんという方が非常に多い。自分らしくない。自分の事で精一杯なのに人の幸せを願うとか出来ない。そんな事をしても心が全然喜ばないむかっというメッセージを頂いて先週のラジオでお話ししました。

 

やっぱり自分がムカつく人、腹たつ人まで幸せになりますようになんてリアルに顔が浮かんでしまう人ほど慈悲瞑想がやりにくいという話をしていたんですけれど、ただそのムカつく上司が自分に対して喧々言ってくるからムカつくんだろうけど、喧々言ってしまいたくなる状況にいらっしゃるその上司が幸せになってくれって、その方の何か心の蟠りが取れることにより穏やかなオフィス生活で接する事ができるなら結果幸せになるのは誰でしょう?

 

だから、慈悲瞑想がすごくやりにくいと言っている人ほど劇的な変化を感じるからやってみたらいいですよという事を先週お話ししました。実は慈悲瞑想というのは、それをするためだけに言っていた浅はかな事じゃないんです。

 

今まで使った事がない思考なわけでしょ?自分の嫌いな人はどちらかというと死んでしまえ!と思っていたわけでしょ?嫌いだという延長上の心を使っているでしょ?あの人嫌い。あの人苦手。その人が幸せになりますようにという思考は人生で使った事がない。

 

使った事がないはずだから使ってみようぜ!というのが私の慈悲瞑想であって、世界平和とか世界中の生きとし生けるもの、雑草一本まで幸せであれなんてそんな事を考えている暇がない。自分が大変なのにという考え方だからやってみようという事なの。

 

じゃぁ、そうすることによってどうなるの?そうすることで何が変わるの?目の前の争いごとがなくなるかもしれない。その可能性の話は今しました。でも、そんな小さな事を言っているのではないの。もう1つの大きな効果があるの。」

 

 

年美さん:「慈悲瞑想をする事によって大きな効果がある。自分にとってという事ですか?」

 

 

先生:「お、大きな効果があるの。」

 

 

年美さん:「よっぽど大きな効果なんですね。」

 

 

規子さん:「価値観が変わるとかですか?」

 

 

先生:「使った事がない思考を使うわけじゃない?自分の思考が直径1メートルくらいだったとしたら、その直径1メートルの空間のボールは、今まで自分がやった事思った事経験した事とか自分の全てのエネルギーの集合なわけよね?その中に含まれている情報から我々は思考している。

 

その中に含まれている情報、悲しい情報、寂しかった情報がくっつくと拗ねた状態になったり、嬉しい感情とプレゼントしたいという施しの感情がドッキングするとその人に何か大きなサプライズしてみようかな?という発想が生まれたりする。

 

自分の直径1メートルの中に入っている過去においてのあらゆる情報量が、どれかとどれかが手を繋いだ時に湧き上がってくる感情が今の感情なのね。でもその感情は直径1メートルという中でしか繰り広げられるもの。そこに慈悲瞑想という今までやった事がない思考、自分が本当に鬱陶しいと思っている人が幸せになりますようになんて考えたこともなかった。その直径1メートルのボールが広がって新しい領域を入れるわけ。

 

だから、自分が考えてもみなかった一度も考えたことのない思考を自分があえてそれをする事によって、自分の中に対しての選択するカードが増える。だから今までセレクトされなかった感情が上がってくるようになるの。要はカードがいっぱいあるわけ。慈悲瞑想をする事によって、自分が初めて思考したカードが増える。そうしたら今まで持っていたカードがドッキングされた時に新しい感情として中から突き上がってくる。この突き上がってくる感情を直感っていうの。」

 

 

 

今日は時間がないのでこの辺でバイバイ

 

 

慈悲瞑想が直感に結びつくとは。。。無理をしてでも出来る方はなさった方がいいと思います。今の私は慈悲瞑想はできますが、六方拝がはきませんでした。先生は心は後からついてくるからまずは行動とおっしゃいますが、どうしても家族に感謝というフレーズを朝から言うたびに両親の嫌な部分を思い出し、朝からイライラしてしまい一日がとんでもないことになるので、まず家族という言葉を言っても問題がない状態することから始めました。

 

私はラッキーな事に先生のラジオに出させていただいて、その時に両親の事、家族の話をしてくださったので六方拝ができるようになりました。それがなければ今もできなかったと思います。私にとって大きなターニングポイントだったと思います。

 

私は手がかかるようで、私一人の力ではどうにもなりませんでした。先生や周りの法友の方々のおかげで言えるようになりました。もし、慈悲瞑想が言えず苦しい方は、先生の法話会にお越しになって直接お話を聞いてみるといいかもしれません。東京では9/29にあります。興味ある方はこちらまで