今週は先週、話の途中だった先生がなぜ僧侶になられたか?のお話からです。
先生:「怖いお話が苦手な人は夜の時間に読まない方がいいですよ
さて、私は生まれてからずっと変なものが見えていたの。さっきもスタジオで話していたんだけど、『私見えるんですよ!』って言う人周りにいない?」
全員:「周りにいないです。思いつかないです。。。」
先生:「そうなんだ。。。見えるって大したことなくて全然普通のことなの。特別感をみんな持つでしょ?あれの意味がわからない。」
年美さん:「普通は見えないですからね。」
美千子さん:「見えないものが見えたら怖いですよね?」
先生:「見えないという概念がそもそも違くて、見えないものはないと思っている事がちょっと間違いで、我々の人間の構造的に見えないだけ。前にも話したかしら?ミツバチは蜜を取るために花から花へと移るでしょ?羽をブンブンして。あの羽で小さい体を飛ばしているの。どんだけ体力使っているか知ってる?すごい全力なの。だから、一つのお花に着陸して蜜をとってまた違うお花の蜜をとってする時に、彼らはその花の蜜が少なかったら命とりなわけ。彼らは百発百中、たわわに蜜がある所に彼らは行くわけ。何故かっていうと、太陽光線から反射していてお花の蜜は紫外線を跳ね返すんだけど、彼らはそれを見ながら行っているの。
つまり、そこにあるのよ。我々は見えないって言っているけどあるんだって。人間の構造上で見えないだけ。でも、たまたま何かで見えちゃう人もいる。でも、そこにあるのよそれは。」
全員:「なるほど。。。」
先生:「例えば、アフリカ人の方々って2キロ3キロ先の獲物が全部見えてるでしょ?だから、そういう環境にいるとそういう力が養われていたりする。私はたまたま生まれた時から、どこに行ってもお風呂に入っていてもいろんな人が居たし、バスに乗ってもバスの中はいつも満員。いつもギュウギュウ。川の中にもいっぱい人がいるし、海なんか行ってもいっぱい。ポコポコ顔だけ浮いて居たりする。
でもそれって、肉体を手放しちゃったエネルギー体の方がそこに居るのか、それとも残像として残って居るのかはわからない。けど、そこにあるの。それがたまたま何かで見えちゃってただけのこと。見えないんじゃないくてそこにあるの。
そして、ある日家に来てくれたおじさんが『やっぱり人として今生きているから、見えない方がいいよ』って言って『見えないようになろう』って。『目標は見えないようになろう!』って、それが小学校1年生かな?幼稚園の年長の時に、私の膝に手を置くようにして『見えないようになろう』って言ったの。見えないようになろうって言われても?って思ったけど、この人の言っている事に全て託そうって思ったの。
それは、その人だけが私の言っていることを受け止めてくれたの。『そういう状況にあるのか。それは辛いね。じゃぁ、見えなくなろう』って言ってくれた事の全面的な信頼。この人言う通りにする![]()
その人が言われたのが『聖地と言われている所があるから、そこに行って滝に入っておいで』って、そこから人生が幕をあけるの。私はクリスチャンだったけどね。」
年美さん:「全然違いますね(笑)」
先生:「クリスチャンだけど滝に入る
そこから、滝に入ったり色々経験して、大人になって大学生になってある日目が覚めたら全員いない。生まれて初めてその人たちが見えないっていう視界を始めて得て、”なんて世界は広い
なんて人口密度が低い
どこにも人がいない
”って、チョー感動
そして、その時に初めてわかったのは、”あ!頭痛が止まった”って思ったの。生まれてからずっと偏頭痛だったわけ。」
全員:「それは辛い!」
先生:「でもわからないのよ。偏頭痛が普通だから。」
今日は時間がないのでこの辺で![]()
子供の頃、人と違う不思議な力が欲しいと思って、霊能者というのかな?そういう人になったら人と違うし、チヤホヤされるんじゃないかって思いましたが、先生の話を聞くと、滝に打たれたり色々しなきゃいけないなんて本当に大変だと思ったし、幼稚園の小さな体で本当に大変だっただろうなぁって思います。そして、見えなくなったのが大学生の頃って、結構長い間見えていたんだなぁって思いました。私だったらきっとこんな風に産んだ両親を今まで以上に恨んで生きているんだろうなぁって思うと、先生の凄さが改めてわかります。
さて、話は変わって12/14東京の五反田で、ソモサンセッパを開催予定です。本来のソモサンセッパは、師匠が弟子に質問する形式ですが、逆で、皆さんの質問に先生が答えるという方式です。ですので、先生に質問されたい方はぜひどうぞ。皆さんの質問は匿名ですので安心してくださいね。詳細は![]()
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