昨日と話は変わって、今日は先生が尼僧さんになられた経緯のお話です。
先生:「さて、あと3・4分しかない中でこれを話とまたブチ切りになると思うんだけど、未だに『先生はなぜお坊さんになったんですか?』っていう質問がたくさん来るの。」
年美さん:「え
その話を3分でですか?」
先生:「すごく聞かれるの。ブログに書いておけば良いのよね。でも、全く書いていないのからだと思うんだけどね。私が寺の子つまり寺族ではありませんから、一般の一家庭に生まれ、元々は元祖クリスチャンでいましたから教会学校に通っていて子羊聖歌隊に入っていたんですね。私子羊だったのよ
」
全員:「オオカミみたい![]()
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」
先生:「十字架をかけて右手にキャンドルを持って全国のミサで歌いに行くっていう事をしていたわけです。ずっとずっと教会学校に真面目に通っていたの。ここからどう話したらいいかしら。。。あ!年美ちゃんは私が坊主になった話どこまで知ってる?」
年美さん:「先生が幼少期の時からいろんな霊障を見る事で、ご自宅にたくさんの霊媒師の方がいらっしゃって、その中で1人だけ先生の事を言葉で救ってくださった方がいらした。『みんなが見えない霊が見えるという事はその人たちを救えるという事なんだよ。凄いね。』って。そこから一旦霊障が治まるんですが、先生が経営者になって心がしんどくなって自殺しようとまで思いつめた時に、またその方にお会いしたいと思って今のお師匠さんのところに行かれたという事ではないですか?合ってますか?」
先生:「凄い飛んでるけど(笑)」
年美さん:「3分で話さないとなんで
」
先生:「と、いう事で私はお坊さんになったんですよ
」
年美さん:「肝心なところが抜けてます(笑)」
先生:「いろんな出来事が交差していったんですね。幼少期の霊障で引きこもっていた時に1人のおじさんが『それは君恥ずかしい事じゃない。その人たちを助けれる。君は人助ができる。自信を持て。』という言葉を頂いた。”そうか
”ってなるんですが、結局人生その事で苦しみました。いろんな事が見えるって苦しいんですよね。本当に苦しかった。
けれども、その方が仰っていた通りのことをしたらある日見えなくなった。初めて見えない人生を経験したのね。すると別世界だったんです。それまではうじゃうじゃいたから。今このスタジオに5人いるけれども、当時の私は10人くらいいるように見えるの。本当に。うじゃうじゃ見えていたのが突然消えたの。生まれて目を開けた時から見えていたから、それが世界中から消えた時の世の中の人口密度の低さ!こんなに人がいない。凄い!初めてお風呂も1人で入る。湯船にもいつも人がいたから。トイレの便器の後ろにも人がいた。すごく怖くない?」
全員:「そんな所にも人が
すごく怖いです
」
先生:「そんな状況だったから、子供の頃パニック障害にもなったし、子供の頃から心を閉ざしている人だったんですね。いま年美ちゃんがいてくれるけど、当時は本当に目の前に年美ちゃんがいるのか、いないのか境がわからないんですよね。だから、人に話しかける時に『え?』って言われた時がある。言う人を間違えたの。」
年美さん:「怖い。怖い
」
先生:「ワントーン色が薄い人たちに話しかけてはいけないっていう、暗黙の了解が自分の中であって、それで生きてきたんだけど途中からその境界線に自信がなくなってきたの。例えば、今私の隣の椅子が空いているんだけど、そこで空席の椅子に向かって私が『ねぇ』って声をかけたらどうする?」
全員:「先生怖いです![]()
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」
先生:「時々そういう事があったの。ここの続きはまた来週
」
今週のラジオは今日で終わりです。
先生の霊障のお話は講演後の懇親会で伺っていて、私は全く霊感のない人で逆にそういう力のある方々を羨ましいと思っていました。私が小学生の頃とかに幽霊や霊感のある人の特集などがテレビでよくあったし、人と違う能力が欲しいと小さな頃から思っていたからだと思います。でも、先生のお話を聞いてお風呂やトイレにまでいるとの話だったので、霊感なくて普通で良かったって思いました。
そして、そういう経験をされているから、先生は人の苦しみに寄り添えるんだと感じるので、辛い経験と言ってしまうと失礼なのかもしれませんが、時間が経つと人のためになる経験に変わるんだなぁと思います。私の経験もそうなるといいなぁ。