男の子は、
恋をして詩人になり、
付き合って愚者になり、
恋に破れて哲学者になり、
恋を諦めて道化師になる。


茜さす、紫野行き、標野行き
野守が見ようとも何だろうとも、
自分に嘘をついては、いけない。

道化師でも、いいじゃないか。

誰かが何か言ったところで、
どんなに時が経ったところで、
心が決まってるなら、
それに従えばいい。


今は感情がついてこなくても、
きっと、
いつか、
感情も追いつく。

大丈夫。




今はいろいろ外に出る時期なので、
飲みやらBBQやら鍋やら合コンやら(NEW!)、
なんだかんだ積極的にスケヂュゥルを埋めておりますが。

でも俺ももう若くないのよね。
ってことを、この前話してて思った。
「みんなでワイワイやってた頃、まだ20代だったよね」

わおわぁお!
いや、でもまだ31はヤングメン(きっと)!
ガラスの30代は壊れそうな物ばかり集めてしまうのです。しかも大人買いで。
でもさ、
輝きは飾りじゃないんだぜ!

って自分を勇気づけてみよう。

何事も、自分を勇気づける所から始まる気がするんだよ。
そうやっていろんなもんを乗り越えてきたもん。


大人はみんな、しゃかりきコロンブス。


土曜の話。

前の前の職場に久々に顔を出してみた。
やっぱりまだまだ自分の中では鮮明な思い出だけど、
店の中はけっこう変わっていて。
後輩たちも、あの頃はまだ学生まんまだったのに、
貫禄がついてヲトナっぽくなっていて。

夜は夜で、
みんなと7ヶ月ぶりに会ったら、
やっぱりみんなあの頃とはちょっと違って。


時間は、何もかもを変えていくものなので。
いろんなものがいろんなふうに変わっていって、
気付いたら、同じだと思ってたものが、全く違う風景になってる。

自分では気付かないけど、
俺もきっとどこかが何か変わってしまって、
あいつも、あのコも、どこかが何か変わってしまって。
そして、
もう、
前には戻れないんだよ、って、
時間が言ってることに、ある日、気付く。


そして、
いろんなものが、いろんなふうに変わって、
結びついたり、
すれ違ったり。



変わることは素敵だけれど、
変わらないでいたかった事も、ある。

こぼれたミルクに泣き続けている人は、
きっと、
ミルククラウンを心に焼き付けてしまった人で、
それはとても幸福で、
それはとても不幸だ。
例えば悲しいことがあった時、
隠れて一人で泣きますか。
それとも信頼する誰かの前で泣きますか。


きっと、
誰かの前で泣ける人は幸せだと思うのです。

例えば俺なんかは、
恥ずかしいだの何だの、
プライドみたいなものが邪魔をして、
人前ではぜったいに強がってしまう。


悲しいのに強がるのは不幸なことだし、
友達の前で素直になれないのは不幸なことです。


友達の前で素直に泣けること、
そしてそれを許してくれる友達がいること、

それはとても素敵なことだと思うのだけれど。



幸い、
こんな俺にも、
悲しい時に強がらずに泣いてくれた友人もいます。

たとえ友達でも、
相手の丸出しの感情というのはそんなにいつでも出してるものではないので、
泣いている友達の、その丸出しの感情が、
とても素敵に思えるのです。


俺もそんな人になりたいのだけれど、
どうしても何かが邪魔をする。


素敵な友達はたくさんいるのに、
俺は全然素敵になれない。

負けてるなぁ。