自分なぞ、
もとを辿れば所詮アンドロギュノスにすぎないということは自覚しているので。

だから、
自分のそういう部分に関しては当然なことだと思ってるし、
人間という種が太古の昔から背負った業だとは思って生きてきているので。


俺の半身は何処?

って、

お互いが他の誰よりも、
言葉やロジックで説明できないような何かを抱けるのだとすれば、
それはそういうことだろうと思うのだけれど。




だから今の自分。

ってそういう話。
1週間ばかし前に書いた、
1年前にふとしたすれ違いで失った親友と、
信頼するお方の引き合わせにより再会しました。


ホントはね。
ずっと思ってたんだ。

俺が頼りすぎてたんだなぁって。




嬉しいことがあったら、いつも真っ先に報告して、
悩みがあったら、いつも聞いてもらっていて。
そんな関係を何年も続けてきて。

そんな中、
前回書いたように、
とある嘘について、そっちを信じてしまった時、
俺の説明を信じてもらえなかった時、
まるで裏切られたように感じてしまったこと。


きっと無意識に、
俺のことを100%理解してくれるのだと思いこんでいたのだと思う。
人間同士なんだから、
全部が全部なんて、そんなはずは無いのにね。


全面的に頼り切っていたからこそ、
その瑕が無限のように広がっていくように感じてしまった自分。
弱かったんだなぁ、って、
弱すぎたんだなぁ、って、
今は、
思うよ。




大事な人がついた嘘を、
大事な人が信じてしまったこと。

きちんと真っ直ぐに、それに対応できなかった弱い自分。
完全に打ちのめされてしまって、
何を、誰を信じられるのかもわからず、
完全に人間不信で過ごしてきたこの1年間。

いろんなものを失ったなぁ。

でもね。

失ったたいせつなものを一つ、
まだ第一歩には過ぎないけど、糸の端っこを手繰り寄せることができたよ。

ごめんね。
と、
ありがとう。

その赦しだけで、
深刻だった人間不信も、
雲間が晴れたような感じがするよ。




これからさ、
きちんと、
いろんなものを信じて、
きちんと、
失った物を一つ一つ拾っていけるかなぁ。


取り返したいたいせつなものも、
もいっこあるし、

一歩一歩、ね。

うん。

一歩一歩、だな。
今まで付き合ったコが、
わりとみんな自立厨でして。

「甘えちゃう気持ちがあるから私はダメだ!何一つ甘えないようにする!」
とか、
「100%一人で生活を完結できないと一人前の大人じゃない!」
と主張されるもんで、

どっちかってーと甘やかしで、
人間は一人じゃ不完全なのが当たり前だから、
頼れるトコまんま頼って、自分のできるトコを相手に頼られてでいーんじゃねーの?
的価値観の俺には、
どうもしっくりこない感じでいたわけですが。


さっき、
スカパの朝日ニュースターで、
上野千鶴子とかがさぁ、
「おんなと孤独」ってテーマでトークしてて、

「頼る力を身につけることこそが自立」

と言ってたのを聞いて、
目から鱗が落ちましたわぁ。


あぁ、
俺が違和感を感じながら言葉にうまく出来なかったことはそういうことかと。



ってか、
上野千鶴子みたいなジェンダー婆ァが言うくらいだから間違い無ぇ(笑




ずっと思ってたの。

50しかできないトコ何とか自分で100にしようとして、
そんで全部100の二人が一緒にいたって、
100しかできないけどさ。

50しかできないトコを相手に丸投げしてさ、
150できるトコ作っちまえば、
相手と組み合わさって、
150のトコが2つもできんだぜ。



そうやって、
足りないトコと、
足りるトコ、
組み合わさって、
人間は完成すると思うんだけど。

今まで一緒にいたコは、
そのコが苦手な50のトコ、俺が150も200もできるトコだったけど、
俺が苦手なトコ、頑張れば150も200もできるコだったけど。

「自分だけでやりたい」

って、
ジグソーパズルを解消して、
四角四面な大理石のタイルになる道を選んだ。

そりゃあ、さ、
引っかかるトコ無くなって、
俺から滑りズレてくのは必然。


凹凸がなくて綺麗だけど。

どっかが足りなかったり、
どっかが出っ張ってたりとか、
不格好だからこそ、
人間が好きなんだけど、
なぁ。