〜セルフジャッジを採用する理由と、その価値〜


フットサル大会を運営していると、

必ず向き合うテーマがあります。 

それが 「審判をどうするか」 という問題。

審判を置くのか置かないのか。 

置くとして、どんな人にお願いするのか。

・資格を持っていない人
・資格はあるけれど実戦経験が少ない人
・経験豊富な審判

この違いによって、参加者の納得感は変わるのか。 

今日はこのテーマについて、

運営者としての考えを書いてみます。

 



■ 誤審は“人間だから当たり前”という前提

まず大前提として、 どんな審判でもミスはします。

これはプロの世界でも同じで、 

Jリーグでもワールドカップでも、

選手が審判に意見する場面は山ほどある。

でも私はこう思っています。

誤審なんて人間なんだから当たり前。 

腹を立てる方がおかしい。

審判はロボットではなく、人間です。 

角度によって見え方も違うし、

判断が揺れることもある。 

それをゼロにすることは不可能です。

だから私は、

誤審そのものに怒る必要はないと考えています。

■ 審判を置くことの“もう一つの問題”

〜報酬が運営費を圧迫する〜

審判を置く場合、

当然ながら 報酬が発生します。

・1試合あたりの報酬 

・大会全体の拘束時間 

・交通費

これらを積み上げると、 

大会運営費にとっては

決して小さくない負担になります。

そしてその負担は、 

景品量の低下や参加費の値上げにつながる。

私は大会運営において、 

「参加者にできるだけ還元したい」

という思いが強くあります。

だからこそ、 

審判報酬に使うお金を 

景品代として参加者に還元する 

という選択をしています。

■ 私の大会がセルフジャッジを採用している理由

こうした背景から、 

私の大会では セルフジャッジ を採用しています。

もちろん、

セルフジャッジにはデメリットもあります。

・接触プレーの判断が曖昧になる
・ファウルを取らない場面が出る
・チーム同士で意見が分かれることもある

でも、これは最初から想定していることです。 

セルフジャッジは「完璧な判定」を

求める仕組みではありません。

その代わりに、

セルフジャッジには 大きなメリット があります。

■ 選手によって“接触の基準”が違うという事実

ここで一つ、非常に大事なポイントがあります。
選手が接触プレーをどう感じるかは、

普段のプレー環境によって大きく変わる。

● リーグ戦や競技志向の環境でプレーしている人

・接触に慣れている
・多少の当たりは「普通」
・体の使い方が上手い・
・プレースピードが速い

● エンジョイ中心・初心者が多い環境でプレーしている人

・接触に敏感
・少しの当たりでも「危ない」と感じる
・スピード差があると怖さを感じる
・ボールの持ち方や体の入れ方が安定していない

この違いは当たり前で、

どちらが正しいという話ではありません。

ただ、同じコートでプレーすると、 

接触の基準が違う人同士が

同じプレーを見ても感じ方が全く違う。

セルフジャッジでは、

この“感覚のズレ”が表面化しやすい。 

だからこそ、思いやりや配慮が必要になります。

■ セルフジャッジが生む“思いやり”と“交流”

セルフジャッジの良さは、 

ただ審判を置かないというだけではありません。

むしろ、 

チーム同士の関係性を良くするきっかけになる。

・相手のプレーを尊重する
・危険なプレーを避ける
・お互いに声を掛け合う
・トラブルを避けるために配慮する
・試合後に自然と会話が生まれる

セルフジャッジは、 

「自分たちで試合を作る」という意識を生みます。

その結果、 大会が単なる勝敗の場ではなく、

 交流の場・コミュニティの場 へと変わっていく。

■ 先日の大会で起きた出来事

〜セルフジャッジだからこそ生まれた“選択”〜

先日の大会で、

試合中に接触プレーへの不満が爆発し、 

一時的に試合続行が難しくなる場面がありました。

もちろん当事者はヒートアップしていました。 

しかし、驚いたのはその後の行動です。

ほんの少しの時間で冷静さを取り戻し、 

互いが自発的に謝罪するという選択肢を選んでくれた。

私はこの瞬間を見て、心から感動しました。

正直に言えば、 

こんな場面で「双方が謝罪する」という選択を

取れる人は多くありません。 

大人でも難しい。 

スポーツの場ならなおさらです。

でも、この大会ではそれが起きた。

これはセルフジャッジだからこそ

生まれた現象だと思っています。

審判がいて「裁かれる」構造ではなく、 

自分たちで試合を作るという意識があるからこそ、

 “関係を壊さない選択” を自然に取れる。

この出来事は、

セルフジャッジの価値を象徴する場面でした。

■ 私の大会では「順位=景品」ではない

〜景品目当てのガツガツした試合を避けるために〜

もう一つ、私の大会の特徴があります。
順位による景品提供をしていません。

もちろん大会なので順位は大事です。

 勝敗があるからこそスポーツは面白い。

しかし、

順位と景品をセットにすると

どうしても 景品目当てでガツガツする試合が発生する。

・過度な接触
・無理なプレー
・不満の爆発
・トラブルの原因

こうした雰囲気は、

私の大会が大切にしている 

「楽しさ」「安全」「交流」とは真逆です。

だから私は、 

順位と景品を完全に切り離す仕組み を

採用しています。

■ 表彰式は“じゃんけん大会”

〜順位に関係なく、誰でも景品を選べる〜

私の大会では、 

表彰式で チーム代表者同士の

じゃんけん大会 を行います。

そして、 

勝ったチームから好きな景品を選べる。

順位は順位として大切にしつつ、 

景品は「誰にでもチャンスがある」仕組みにすることで、

・ガツガツしすぎない
・フェアな雰囲気が保たれる
・交流が生まれる
・最後まで楽しい

景品が“ご褒美”ではなく“イベントの一部”になる

こうした大会の空気感を作ることができます。

■ まとめ

誤審は人間だから当たり前

審判報酬は運営費を圧迫する

その分を景品として参加者に還元したい

セルフジャッジにはデメリットもあるが、

最初から想定済み

選手の接触基準はプレー環境によって大きく異なる

思いやりと配慮がセルフジャッジの鍵

実際にトラブルが起きても、

参加者が自発的に関係修復を選んだ

景品は順位と切り離し、

じゃんけん大会で公平に提供

大会の目的と審判方式が一致していれば、

参加者は納得する

これからも、 

参加者が楽しめる大会を作るために、

 セルフジャッジというスタイルを大切にしていきます。

 

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