31 マイナス思考はほんとうによくない。
32 今を生きているとはとても言えません。先のことばかり心配しているけれど、そんなことには意味はない。
「後悔ととりこし苦労は絶対にしてはいけない」というのは、武道の基本ですからね。戦場に出て、四方八方から矢弾が飛んでくるときに、「こんなところに来るんじゃなかった」と悔やんだり、「ああ、このあと打たれて死ぬに違いない」ととりこし苦労しても、それによって生き延びる可能性は少しも増えませんから。

とりこし苦労はこういう場合には、絶対に禁物なんです。人間の予言遂行力というのは強力ですからね。「もしこんなことが起きたらどうしよう」というふうに「悪いこと」を想像すると、想像した通りのことが起きてしまう。
未来のイメージというのは、すごく吸引力が強いですからね。隅々まで精密に想像した未来図があると、人間はそこに無意識のうちに吸い寄せられてしまう。だから、逆に、全部うまくいって、ハッピーになっている未来の自分を細かいところまで想像する。そうすれば、その未来に「リールが糸を巻き取るように」吸い込まれてゆく。だから、危機的なときこそ、鳥越九郎を自制して、無理やりにでも、物事を楽観的に観ることが大切なんです。

176 (ハラスメントの話し)「あなたはほんとうは何が言いたいのか?」と問うことよりも、「このメッセージはどこまで悪く解釈できるか?」と問うことが優先されてしまうから。

186 「今を楽しむ」という必死の覚悟

195 煩悩をなくすのではなく、あらゆる煩悩に対する執着から離れること。「なくす」と「離れる」は全く意味が違う。


64 「僕はこれから何をしていいかわからなくて迷っているので、アドバイスください」と。今の時代は、将来に対するビジョンを持ちづらいかもしれない。何をしたらいいのかわからないと迷う若い人は結構多いものです。僕はその質問に「頭で何をするかと考えるから、多分あなたは実行に移せないんだと思う」と答えました。

237 埼玉県に住む高校生からメールが来て、それも印象的でした。地震が起こった直後、去年ホームスティをしたアメリカのホストファミリーから「アメリカに来い」と言われたそうなんです。両親も「アメリカに行け」という。でも、家族を捨てて自分一人だけ命が助かるようなことはしたくない。「内田先生は、どうしたらいいと思いますか?」と聞いてきた。仕方ないので、「こういう場合にどうしたらいいのかというレディメイドの正解はありません。ですから、こうすればよろしいということは残念ながら、もう仕上げられない。自分できめて下さい」とお返事しました。出来事のリスク評価は自分で下すしか無いのです。新聞やテレビから得られる情報に基づく限り、「埼玉県在住の高校生がアメリカに逃げる」という選択を正当化する根拠はほとんどありません。でも、「ほとんどない」けれど、「まったくない」わけではない。その高校生はアメリカのホストファミリーから言われ、親から言われ、新聞を読み、僕のような他人の意見まできこうとして判断しようとしていますけれど、それでは、混乱するばかりなんですよ。情報を集めれば集めるほど、判断は難しくなる。リスクの判断は自分のなかで「アラーム」が鳴動するかどうか、それで決めるしか無い。でも、いろいろな人の意見を訊いて回ると、その人達のハッスル様々なノイズで、アラームの鳴動音が聞こえなくなってしまう。

239 震災直後の菅直人総理も硬直しているように映りました。硬直する人というのは、周囲から入ってくるたくさんの情報を訊いて判断しようとするタイプ。まさに、今の寛さんです。

236 有事対応モデルというのは、ひとことでいうと、「どうしていいかわからないときに、どうしていいかわかる」ということです。生物である以上、自分の生存にかかわる危険に対しては程度の差こそあれ「ざわざわ感」を覚えるはずなんです。それは、数値的・形式的には表示されない。でも、感じる。

260 危機的状況のときこそ、機嫌がよくないと生き延びられない。作り笑いでもいいから、ニコニコ笑ったほうがいい。危機に対応するためには、心身のポテンシャルを最大化しなければいけない。

263 身体のアラームの感度を高めるためには、おもしろいことを見つけることが重要です。「何かおもしろいことはないかな」と思って、どんどんおもしろいことを見つけるようにしたほうがいい。

265 僕達はつい外側から入ってくる情報をどう処理するかばかり考えがちですけれど、本当に重要な情報は自分の身体の内側から届くんです。人間の生物としての本能をもう少し信じてあげないと。

パニックになってしまうのは、一つのことしか見えないからです。それが全てだと思い込んでしまうから、パニックになる。

『身体で考える。不安な時代を乗り切る知恵』内田樹 成瀬雅春

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主人は3つの選択肢を決められなくて何日も何日も悩んでいる。
はたからみていると、いろんなことが見えてくる。
まず第一に、時間の使い方の問題。「今」を生きることに精一杯になり、「今」を生きることを楽しもうという生き方、生きる姿勢であるならば、将来のことをあれやこれやと思案している時間というのがいかに「今」を生きていない時間かということが分かる。にもかかわらず、その時間にとらわれているのは、本当にもったいないと思う。その勿体無い時間の使い方ができるのは、やっぱり、心のどこかが弱っているからだと受け取る。悩むのはいい。けれども、悩みすぎても何も産まれないのは、承知のことだと思うのに。将来を思い煩うよりも、もっと大事なものがあるんじゃないかと、叱咤激励したくなる。将来を思案するのもいいが、それよりも、そうしている間に過ぎていく時間が、かわいそうな気がする。

第二に、情報を集めれば集めるほど、人は混乱していく。にもかかわらず、考えるのが得意な彼は、情報で論理で決めることにこだわっているように思う。内田先生、成瀬先生が言うように、身体の声を聞くことがとても苦手なようだ。けど、それは畑から見ていると、少し滑稽に思う。もう情報はいいやんって。

第三に、決断することの大事さを感じる。自分の身体(頭も含め)に正直になりつつ、決断すること。決断ができないというのは、どこか身体がアンバランスになっている証拠なんだということがすごく良くわかった。

と言っても、自分も決断が苦手なので、人のことは全く言えない。けれども、子育てしていて、結構身体に敏感になっている時期だからなのか、少しは良く見えたような気がする。

心の傷を乗り越える、とらわれるのでも、隠すのでも、気づかないふりをするのでもなく、「離れる」。それが大事なんだろうな。

武道はいい。親子でできる合気道教室に、家族全員で通いたいと思った。生きる知恵を学びに。