マジすか学園2

見たいシーン


・ゲキカラが遂に言う 「痛てぇな。」
(って思いっきりゴリラーマンだけど。)


ゲキカラはX-MENみたいな存在なのか。
人外の能力を身につけた存在で、人間との摩擦・軋轢に苦しむ。
ただ自分が思うままに行動しているだけであるのに・・・。


センターVSゲキカラでタイマンもしくは共闘があれば、戦った後に、ゲキカラがセンターに
煎餅を差し出すんだろうか?「不器用だからさ」


ゲキカラの卒業後の進路は、(TV 東京 に、以前あったTVチャンピオンみたいな)TV番組の辛いもの大食い王のチャンピオンで、
「なんとゲキカラ選手、ここにきて、おかわり追加です。」みたいにその大会の激闘ぶりもリアルに、最終話のエンドロールで、やってほしいなぁ。



ドラマの話自体は意外にオーソドックスなんじゃないんだろうか。
高倉健みたいなゲキカラが、まさか刺されることで、負傷退場し、
その兄貴を慕っていた子分・尺(峯岸みなみ)が奮闘するも、同じく負傷退場。
最後に残った部長のおたべ(横山由依)にも、ネズミ(渡辺麻友)の魔の手が迫る・・・


シブヤ(板野智美)はミソ(木本花音)に刺されたように見えるが、実は刺されてなくて、
「こうやったんです(あんたもやるかもしれませんぜ的なニュアンスで)」と刺す振りで
そのあとシブヤにボコラレルのではないだろうか?


マジすか学園2は、AKB的に言うと、
いわゆる神7のメンバーが、あまり出演せず、雑魚キャラも含めて、いろんなメンバーに
魅せる場が与えられているので、チャンスが与えられているのと言えるのではないだろうか。
(ゲキカラの大ブレイクが、チャンスの最大の象徴)
そういう意味で、じゃんけん選抜のようなリアルファイト=下克上・偶発性の要素がドラマに出てきていて
興味深い。
ヤンキーソウルとは、つまりメンバー一人一人の野心のことを言っているのだと思う。

その辺が群像劇として面白いのではないだろうか?




(ブログ一部消えたので再掲。忘れた部分あり。はて?)
『マジすか学園2』は
ほんとに、展開が気になりまくりだが、ゲキカラほどハートをがっちりつかんだキャラは、本当にそういないんじゃないだろうか。


以下、どうでもいい(?)マンガ的妄想。

・ダンス(矢神久美)のパラパラダンスは、実は『喧嘩商売』19巻に出て来る、
実在のイスラエル軍の格闘術クラブマガの360度ディフェンスで、実は喧嘩が強い。
しかも、刃物・武器をもった敵を想定している格闘術である。
(水嶋ヒロもやっているとかいないとか)
シブヤ(板野友美)のパンチは舎弟だからあえて避けないんだよ。


喧嘩商売(19) (ヤングマガジンコミックス)/木多 康昭






・センター(松井珠理奈)のカーディガンは実は5kgぐらいある。脱いだ時ドサっと音がする。


・ゲキカラがピアノを引っ張ってきた時、まさか演奏するのかとおもって松井玲奈ってピアノ弾けるんかと感心したが違った。まさか、ピアノで潰そうとするとは。めちゃくちゃでもあそこで弾いてたり、鍵盤ガンガン叩いてたら、あらたなゲキカラ狂気伝説だったが。


今回は全然まともな(?)予想・願望じゃないのであしからず。(期待されてないけどね。)
まだ、読んでいる途中なのだが、

ユリイカ 2010 12月号 鋼の錬金術師 特集号でも寄稿していた、原克氏の
流線形シンドローム 速度と身体の大衆文化誌/原 克
に、ハガレンの『一は全、全は一』について、注目すべき一説があった。

この本自体は、1900年代前半に登場した流線型のデザインが、空気抵抗を減少させるという機能的、外見的な意味から、外見を魅力的に魅せるということは、すなわち、人間の内面的な魅力の表れ、効率性の追求・無駄の排除を美徳とする現代社会の人間観を形成し、
それは、社会は常に進歩するものであり、それに取り残されるものは、劣った人間であり、人間も品種改良を行うことで、より良い社会が達成されるのであるとする進歩史観、優生学と深いつながりがあった。
そして、白人の理想を追求するアメリカのWASPであったり、障害者や、異民族を排除するヒトラーのドイツ第三帝国とはその究極型であった。

外見は内面のあらわれを1930年代の一般向け科学雑誌や、『ヴォーグ』等のファッション誌、万国博覧会がどのようにその時代を形成してきたかを膨大な史料を用いて、検証してゆく。

そして、『一は全、全は一』に共通する部分だと自分が思うのは、

「しかし、生命現象は別である。そもそも機械や道具というものは、何であれ特定の目的を持った存在である。
しかし、生命現象にはあらかじめ決められた目的などない。あえて言えば、生きてそこに居るということ自体が目指されるべき目的である。もちろん、人間なり生命体が、生きて行く中でその時々の状況に応じて、特定の目的をもつことはある。しかし、それは生命活動にとり、いっときの部分真理に過ぎない。
一方、生命というのはあらゆることを含みこんだ、全体真理なのである。特定の目的があらかじめ設定されているわけではない。優生学発想に重大なあやまちがあるとしたら、しばしばその点を見失いがちになることだ。」


まぁ、自分が曲解している部分があるとは思うが、やはり、啓発的な書だ。

(それにしても最近のエントリからはえらい変わりよう。)

そして、荒川弘の週刊サンデー新連載『銀の匙』はやはり面白い。


『マジすか学園2』は予想以上に、制作者たちが力を入れていたみたいで、かなりいい作品だと思う。

ゲキカラ(松井玲奈)の卒業式シーンは、絶対見たいし、外せないシーンだと思うし、最大の見せ場だと思うのだが、現在の3年生が順当に卒業してしまうと、
キャラ的なバラエティが減ってしまうので、果たして『~3』は作られるのだろうか?


シブヤ(板野)はシブヤなりに、演じている子のことは知らないが、作品内のイメージ通りのキャラで、ふてぶてしさ、ヤサグレ感が出てて、演技の上手い・ヘタ云々よりも、ハマっていて面白い(もう少し身長があれば完璧だが、何が?)。


今後は、センター(松井珠理奈)の過去とかが描かれて、ストーリーがさらに膨らんでくれると面白いが、どこかの時点で一度負けて、挫折を挟んでくれると、もっと感情移入できそうなのだが。(好きなキャラだけど)

第4話で、センターがヤバクネ側に、「カーディガンをはおったガキ」としか認知されていないので、
今後、シブヤが、カーディガンを見て、「てめぇか。うちのもんやったのは。」と気づくような展開&対戦シーンが見たい気もするが。


ジョーカーのように振る舞う、ネズミ(渡辺麻友)が、い
AKBには、正直言うと、興味があまりなく、否定的な味方しかしていなかった。

個々のメンバーにも特に興味はなかった。(SKEのW松井はかわいいんじゃね?ぐらいでしかなかった。)



テレビ東京・テレビ愛知で放送されていた、『マジすか学園』も全話観ていないが、苦笑・冷笑の対象でしかなかった。





だが、今年放送の『マジスか学園2』第2話をたまたま家で何気に観ていたら、やられてしまった。

ゲキカラ(演者:松井玲奈)の登場シーンと、センター(演者:松井珠理奈)との対決が素晴らしかった。



そして、『マジすか学園』のゲキカラの回を見直して、役柄に惚れてしまった。



衣装・キャラ・暴力・戦闘シーン・血・狂気・演出、全てで魅了された。





現在放映中の『~2』では、最凶キャラを、学校を卒業するための約束から封印し、コメディキャラ化している部分があるが、その葛藤や、センターとの因縁など、今後もキープレイヤーであることは間違いないと思うが。

(まぁ、女闘美の要素に刺激されるドラマはそうないんじゃ)



ゲキカラやセンターのように強さだけでは、人がついてこないことを、前田は最終的に回収するのだろうか。