まだ、読んでいる途中なのだが、

ユリイカ 2010 12月号 鋼の錬金術師 特集号でも寄稿していた、原克氏の
流線形シンドローム 速度と身体の大衆文化誌/原 克
に、ハガレンの『一は全、全は一』について、注目すべき一説があった。

この本自体は、1900年代前半に登場した流線型のデザインが、空気抵抗を減少させるという機能的、外見的な意味から、外見を魅力的に魅せるということは、すなわち、人間の内面的な魅力の表れ、効率性の追求・無駄の排除を美徳とする現代社会の人間観を形成し、
それは、社会は常に進歩するものであり、それに取り残されるものは、劣った人間であり、人間も品種改良を行うことで、より良い社会が達成されるのであるとする進歩史観、優生学と深いつながりがあった。
そして、白人の理想を追求するアメリカのWASPであったり、障害者や、異民族を排除するヒトラーのドイツ第三帝国とはその究極型であった。

外見は内面のあらわれを1930年代の一般向け科学雑誌や、『ヴォーグ』等のファッション誌、万国博覧会がどのようにその時代を形成してきたかを膨大な史料を用いて、検証してゆく。

そして、『一は全、全は一』に共通する部分だと自分が思うのは、

「しかし、生命現象は別である。そもそも機械や道具というものは、何であれ特定の目的を持った存在である。
しかし、生命現象にはあらかじめ決められた目的などない。あえて言えば、生きてそこに居るということ自体が目指されるべき目的である。もちろん、人間なり生命体が、生きて行く中でその時々の状況に応じて、特定の目的をもつことはある。しかし、それは生命活動にとり、いっときの部分真理に過ぎない。
一方、生命というのはあらゆることを含みこんだ、全体真理なのである。特定の目的があらかじめ設定されているわけではない。優生学発想に重大なあやまちがあるとしたら、しばしばその点を見失いがちになることだ。」


まぁ、自分が曲解している部分があるとは思うが、やはり、啓発的な書だ。

(それにしても最近のエントリからはえらい変わりよう。)

そして、荒川弘の週刊サンデー新連載『銀の匙』はやはり面白い。