【実録】DV男との戦い

【実録】DV男との戦い

現在DV(ドメスティックバイオレンス)に遭っています。

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駅に着くと旦那が待ちかねたように、しかし前日の事など何も無かったかのように近づいてきた。

私は少し旦那を睨んでいたんだと思う。

旦那は私の機嫌を伺う様子を見せながら、でもいつものように威張りながら私に言った。

「今から大阪行くから着いて来い」

私は前日から旦那が何をしたいのかさっぱり判らなかった。

でもとりあえず着いていく事が旦那を問いただすより早い気がした。


切符を買い、改札をくぐり、電車を待った。

とても話をする気になれなかったので、無言のまま一時間で目的地に着いた。

そこは私の認識では危険地区だった。

こんな所に足を踏み入れる事になるとは・・・と思っていた所にこんな形であっさり入ってしまった。

ある意味その数年前、浮浪者と同じような生活をしていた私たちには、そのままの生活を続けていればソコで生活する羽目になるんだろうね、なんて話に出ていた場所だった。

何故こんな所に来るのか。


旦那は改札を出て、知っている町かのように歩き出した。

大通りから細い路地に入り、全品60円の自動販売機とか、お弁当が100円のお店の横を抜けていく。

不思議な世界だった。まるで異世界。

その町全体が居空間で、そこだけ日本じゃなくて、アジアな香りすらする。

通る人の服は全て茶色や肌色で、原色なんて全く無い。

それが手伝って町全体が砂色で、錆びれた空気が充満していた。

こんな状況で入っていなければ、怖いと思ったか旅行のようで楽しかったかのどちらかだと思う。

その時はそのどちらでもなく、ただ不安で不快だった。


細い細い路地の突き当たり、古い長屋の中の一つの部屋の前で旦那が立ち止まった。

見たことも無い鍵をポケットから出し、鍵を開けた。

ガラガラと横開きのドアを開けると、狭い玄関に自転車が詰め込まれていた。

どうやって上へ上がれば良いのか分からない位狭い玄関を旦那は器用に上がっていった。

私はココがドコなのか、誰の家なのか理解できずしばらく呆然としていた。

旦那が「上がれよ」と言うので、狭い玄関に体をねじり込ませて中に入った。


六畳ほどの部屋の奥に小さい台所があり、その横にトイレがあった。

風呂は無かった。

トイレは三角形の形をしたスペースに和式の簡易水洗で、上から紐が垂れ下がり、それを引っ張ると水が流れる仕組みだった。

後々古い家のトイレに昔よくあったものだと判ったが、その時は知らなくてこんなものがこの国にある事が不思議だと思う位だった。


物凄く誰かの生活痕がたっぷりある部屋に旦那に通された時、私はきっと思考停止していたのだろう。

ボーっと部屋を見渡す事しか出来なかった。

ただ立っているだけで旦那が怒鳴る。

とりあえず座っていると旦那が何か言いたそうだったので私から質問する事にした。

私「ココはドコ?」

と聞くと、住所を言われた。

私「いや、そうじゃなくて・・・ココは何?誰の家?」

旦那「・・・・・・・・・俺の家」



私「(゚Д゚) ハア??



勿論旦那の家じゃない。

よくよく聞くと、前日ココに泊まったらしい。

私「ココは誰の家?」

旦那「オバハンの家」

私「オバハンって誰?」

旦那「メル友のオバハン・・・」


( ・ω・)何?


私「その人とはどういう関係?」

旦那「肉体関係」




一分の沈黙




私「死ね・・・」

旦那「嫌」



一分の沈黙



旦那「むかっお前が●×■△$&%★・・・むかっ



何だか逆切れされた。

私は勤めて平然を装った。

しかし逆切れしてこうなったのは私のせいだと言われ、数分で泣き崩れてしまった。

旦那はいつも威張り散らすし、ワガママを通そうとするし、すぐキレルけれど大抵私が本気で泣いたら慰めようとするのだった。


私の頭の中では「浮気相手の家に私を連れ込んで何がしたいん?怒るのは私がする事やのに何でアンタが怒るの?こんな状況で平然とできるわけが無いやん!!私まだ21才なんだよ?あんたの方が17才上の癖に、何でいつも私ばっかり我慢せなあかんの?」等、今でも同じような思考になる事があるんだけれど、いつも思っている事がドバーっと頭の中に溢れてきて止まらなかった。

私が泣き出すと、旦那は突然静かになり私の頭を撫でてゴメンと言った。


冷静なような、冷静でないような感じだけど実際冷静ではなかったと思う。

でも人間って慣れるんだ。

今でもそう思うけれど、どんな状態でどんな状況であろうとも、時間や日数を重ねて経験すると「慣れ」るものなんだ。


私は一日でその環境に適応してしまった。

自分の適応能力にビックリしながらも、翌日には私はその居空間な町を楽しみ始めていた。

旦那から失踪一日目の話も普通に聞くことが出来た。


旦那は仕事中の私に電話をし、折り返しすぐに連絡が来ることを待っていたらしい。

しかし私は仕事中だったので電話をする事が出来ず一時間位後のお昼休みになってから電話を掛けた。

その時にはもう彼は別の作戦に出ていたのだった。

私からの電話を待ちながら30分くらいで業を煮やし、メル友に「寂しい」とメールしたらしい。

そう、旦那は寂しかったのだ      と本人が言っているのでそういう事にしておく。

メル友数人に同じようなメールをしたが殆ど学生の為学校に行っていてすぐに返信が無かった。

私が昼休みのなり、電話をした頃旦那は拗ねていて電話には出てくれなかったらしい。

それから30分程たった頃、一人のメル友からメールがあり、会おうという話になった。

その間にも私とのメールで書いていたようにレンタルビデオショップや、トイザラスなどにフラフラ立ち寄りながら、メル友とメールをしていたのだ。

旦那はお金を持っていなかったので、大阪から自宅最寄り駅までメル友に迎えに来てもらい、彼女の家に行った。

私が心配で寝れない時間を過ごしている間、旦那はメル友と寝たのだ。

慣れたとは言え、落ち着いていたのは少し精神的負担が大きすぎてイッちゃってただけだし、そんな話を聞くとやっぱり心が痛かった。

でももっと痛かったのは肉体関係になったメル友の年齢を聞いた時だった。

旦那はゴソゴソと引き出しを漁りって保険証を出してきた。

勿論メル友の保険証だった。

生年月日が書いてある。

私は吐きそうになった。


私の母は昭和28年生まれ。


メル友は昭和26年生まれだった。



!(´Д`;)


私の母親より年上・・・



_| ̄|○、;'.・ オェェェェェ

↑となったのは旦那の方だった。

なんと保険証を見るまでもう少し若く言われていたらしい。

世の中には熟女好きな人もいるだろうし、吉永小百合さんみたいな人なら女として、女だと思う。

しかし周りを見渡そう。

普通のオバサンは普通のオバサンなのだ。

うちの母もある意味女を逸脱した存在になっている。

世の中は広いから、確かに綺麗な人は存在するけれど、熟女の請いセックスを否定する気は無いけれど、私の旦那が(この頃はまだ結婚していなかったのだけど)自分の母親より年上の人とセックスした。

しかもその時私が座っている布団の上で・・・


誤解を恐れず書いているけれど、本当に心底ショックでした。


またそのうち書こうと思うのだけれど、この話より以前に旦那の元彼女の存在が度々出てくる時期があった。

その彼女も私より、彼より年上の人だった。

旦那は極端なロリコンなはずなのだけど、同時にマザコンでもあった。

でも相手は年下の方が、私的には救われる。


とりあえず話しを聞き、最後に一番気になっている事を聞いた。

その家に二日間居着いてて今更な話だったが。

「そのメル友は今どこに居るの?」

すると旦那が

「奴は今中国に旅行に行ってて一週間帰ってこない。留守番を任されたからお前呼んだんや」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


呼ばないで(;´Д`)ノ


そのメル友が帰ってくるまでの一週間、私は旦那と一緒にその家に居た。

ご飯は近所の100円弁当で済ませた。

風呂は近くの銭湯に行った。

その家には猫が一匹居たので、そいつの世話もした。

実家から電話やメールがあったが、さすがに状況が状況なのでどう言い訳しようか考えている間に日にちが経ち、妹にだけとりあえず生きている事を伝えた。


メル友が帰ってくる予定の日、午前中にこれからどうするか話し合いをし、メル友から日本着のメールを受信してからその家を出た。

旦那はメル友が帰ってくるのを家で待つといった。

止める気にも、メル友と対立する気力も無かったので私は一週間ぶりに実家に一人で帰った。

旦那との話し合いの時、今回の浮気は自分が悪かった。本命は(本命と言われてもあまり嬉しくなかったんだけど)お前だけやから許してくれ。今日メル友が帰ったら事情を説明して家に帰るから と言われた。

許すとか許さないという話では無いと思ったので、私は特に何も言わずに旦那をその家に残してきた。


次の日、旦那は家に帰ってきた。

私はバイトを首になった。

一週間無断欠勤だったので当然だった。

旦那は喜んでいた。

私が働くこと、私が働いている間の時間実家に一人で置いていかれてる状態が嫌だったらしい。

今回の騒動で私のバイトが首になることは計算済みだったらしい。

きっと一つ一つはよく考えての行動では無いのだと思う。


しかし旦那の帰宅から一週間後、また旦那は家出をした。

家出をして行った場所は、またしてもあの家だった。



これは未公開の過去の日記を元に書き直した物です。

前日の続きになります。




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旦那の仕事には決まった時間に休憩というものが入る。

毎日休憩時間になると電話やメールで私を監視した旦那の休憩時間くらい、簡単に計れる。

私は休憩時間であろう時間になると必ず電話するようにした。

しかし旦那は私がもう何日も電話をしている事を知らなかった。

毎回話し中だからだ。

一度仕事中の旦那の携帯に電話をかけた事があった。

当然呼び出し音が鳴った。


一週間、様子を見ることにした。

一週間、電話し続けた。

一度も話中でなかった時が無かった。


毎日決まった時間に電話をする必要が誰にあるのだろう。


旦那はマメな人だった。

私と出会った時も、毎日毎日電話をくれた。

それが嬉しくて会いたい気持ちが膨らんでいった。

勿論釣った魚に餌はやらない人だった。

餌どころか毒をくれる人だったなんて、その頃の自分にタイムマシーンで会いに行って忠告してあげたくなる事がよくある。


一体誰に・・・。


私は程なくして相手が誰なのか、一体どういう関係なのかを一気に知ることになった。





実は今まで書きそびれていましたが、この頃私と旦那は私の実家に居候していたのです。

あれ?書いたっけ?(呆)


時期は確か、2001年から2003年の春先までだったと思います。

この話は2002年夏ころから2003年の話です。





一週間電話を掛けて、これ以上は問い詰めないなら電話しても無駄だと思い辞めた。

何故問い詰めないのか

それは勿論殴られるのが怖いから。

この頃はまだある程度は、普通の人間が機嫌悪くなるような事さえしなければ暴力にまで怒りが及ぶ事は無かった。


とりあえず、14才は放置で他にもやはり特別に会話をしている人が居ることを確認。

でも私は実家生活に疲れている部分もあった為、とりあえず浮気自体を一旦棚の上に放り投げた。




実家の母とは仲が悪い旦那。

母は大雑把な人で、トイレのドアを勢いよくバーンと閉める事に旦那がキレルような、本当に小さいことまで旦那にも母にも小言を言われたりする生活だった。

もう年月が経ってしまった今では、リアルな言葉でその当時の事を書く事が出来ないが、本当に辛かった。

父はとっくに家を出ていたので、まだマシだったのだとは思う。


数ヶ月経ち年が明けると、私たちは母や父に責められる事が非常に多くなっていた。

月日を積み重ねると、溜まったフラストレーションをぶちまける事に慣れてしまうのか、遠慮なく小言が飛んでくるようになった。

それを乗り切るには、私が働きに出て実家に生活費を払い込む事が一番簡単な気がした。

実際家は彼の乱入で家計がイッパイイッパイになっていた。


しかしまだ日記に書き足らない項目だけど、私と旦那が出会って当時で既に4年。

旦那は私を働きに出すことに物凄い拒否反応を示した。

旦那の仕事が無く、電気もガスも水道までもが止まる事が当たり前のような生活だった頃、私は三日間食事が出来なくて仕方なく母にお金の援助を申し出た。

そういう事を繰り返していた頃にも旦那は私が働きに出る事に反対し続けた。

最高一週間の断食。

それでも彼は私が働くことは嫌だと言った。

そして彼の口から出た言葉が「女を働かせてまで生きたくない 飯は男が稼いで女に食わせるものだ」だ。

なら自分がちゃんと働けよって思ったんだけど、当然言えなかった。


でも今回は、母が近くにいてくれる事で少し心強かった。

旦那に内緒で四年ぶりのバイトの面接に行った。

金属加工の工場だった。

時間的に旦那が寝てる間に出て、旦那が仕事に行くかなり前に帰れるので良いかなと思っていた。

面接は一発合格で採用になった。

バイト初日の前夜、私は旦那にバイトに行くことを伝えた。

旦那は私の実家に居る間は少し大人しくなっていた。

というか、疲れていたのかもしれない。

物凄く拗ねられて、物凄く怒られたけれど、結局は採用が決まってしまっている事なので渋々okを出してもらった。

okを貰ったとしても油断は出来ない。

いつキレルか解からないので今まで以上に気を使った。

朝出勤前に彼の朝ご飯を用意して、私たちが居たのは二階なので、部屋まで運び、飲み物も一階に降りるのを嫌がっていたので一日分足りる位用意して仕事に行った。

元々旦那と二人で住んでる時もお金が無かったので、電気止まってたら掃除機かけられなーい とか、洗濯機まわらなーい とか、ガスが無いとご飯作れなーい とか、そういう滅茶苦茶な理由で家事をマトモにしていなかった。

実家にいれば大抵母の手料理で済ませていたし、朝の支度というものをやった事がその当時は無かったので大袈裟かもしれないが、その朝の支度が大変だった。

バイトから帰ったらすぐに彼の仕事までの数時間、旦那と一緒に過ごす時間を作っていたし、「お茶」と言われればお茶を運び、「髭剃れ」と言われれば彼の髭を剃っていた。

やり過ぎだとは思うけれど、当時は二人の間では当然だった。

お風呂に入っても体を洗うのは私の仕事だったので、実家に居ても一緒にお風呂に入っていた。



一週間、何とかやりきった。

久しぶりのアルバイト、凄く凄く楽しかった。

それまでの四年間、ずっと彼と一緒に居たし全く自分の時間なんて無かった。

旦那が仕事に行くようになってからは数時間は自由があったが、気を抜くと疲れがドッと出て夜中である事も手伝って寝てしまい、殆ど一人でゆっくり時間を過ごす事は無かった。

仕事をしているのだけれど、家族でも旦那でも無い人たちと過ごす時間はとても自由を感じた。

休憩中は禁煙者と喫煙者が分かれて休憩をするのだけれど、私は喫煙者なのでちょっと不良っぽい子達と並んでタバコを吸っていると、学生時代のようなウキウキした気分になれた。

以前までは働くことが好きでは無かったのに、その時のバイトは本当に楽しくて仕方なかった。

一週間が過ぎ、丸二週間になろうとしているある日、仕事中の私の携帯に旦那から電話が掛かってきた。

まだ午前中の休憩も始まっていないような時間。

休憩時間になるとすぐに旦那に電話した。

電話は話中だった。その後も全く電話は通じなかった。


とりあえずその日の仕事を終えるとすぐに家に帰った。

すると彼は居なかった。

メールを送ると「○○に居る」と近くのレンタルビデオショップに居ると言われた。

とりあえず来いって事なので、行くと彼は居なかった。

どこにいるのかメールで聞くと、次はトイザラスだと言われた。

ウロウロしないでソコで待っててと伝え、トイザラスに行くと彼は再び居なかった。

一体どこに居るの?何でウロウロしてるの?とメールで聞くが今度は返事が返ってこない。

それから夜中までずっと彼に連絡し続けたが全く連絡が取れず、その日が初めての無断外泊の日になった。



翌朝、起きてすぐに彼に連絡を試みたが全くの無反応。

電話は呼び出すが誰も出ない。

メールも返ってこない。

しかしバイトを始めたばかりだったので、とりあえずバイトにだけは行こうと思い、途中で帰ってくるといけないのでいつもの朝の用意を済ませ出勤した。

不安やら心配やらで全く仕事が手につかない。

工場での金属部品製造だったので、仕事量は見てすぐ判る。

殆ど消化できずに居るとお昼休みに彼からの着信が・・・。

すぐに出ると彼が訳のわからない事を言い出した。


「これが最後や 俺と別れたくなかったら今すぐ○○駅に来い」


今、仕事中なんですが・・・。


「来ないならこのまま別れる」とまで言われた。

多分彼は私が来ると思っての発言だったんだろう。

勿論私は・・・


行った。

すぐに早退届を出し、自転車で30分程の距離にある指定された駅へ。


駅に着くと、彼は平然とした顔で出迎えた。

服は前日のままのような気がする。

朝出る前に私が揃えた服だったから。


彼は今すぐ俺に着いて来るか、来ないなら別れるかの選択を私に迫った。

私は意味が判らず、着いて行くと言った。

今なら絶対行かないのになぁ・・・。



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何だか物凄く長くなってしまいました。

一旦ココで切ります。

今日中に続きが書ければ書きます。






以前少し旦那の浮気について触れましたが、今回は少し私の頭の中を整理するのにお付き合い願いたい。

という事で過去の浮気について少し書きたいと思います。

現在も浮気していますが、これは結構な常習犯なのです。


初めての浮気は、結婚する一年ほど前、付き合って四年目くらいだったと思います。

当時彼の仕事も順調で、生活費は満足ではないものの、光熱費をうちの母が出してくれていたので、旦那はそれを当然のように思っていたのかそれまで持っていなかった携帯電話を買いました。

ついでに私の携帯も買ってくれました。

私のはプリケー、彼のは普通契約のものでした。

私は当時もう一台家族に買ってもらった家族名義の携帯がありましたから、彼との連絡専用の携帯だと思って嬉しかった事を覚えています。

しかし彼は段々怪しい行動を取るようになりました。

当時ツーカーの携帯でメッセンジャー機能が出始めた頃でした。

そのメッセンジャーを使い、適当なローマ字の羅列(大抵女の子の名前でした)を入力し、そのローマ字の羅列をIDとして持つ人に無差別にメッセージを送信して友達、メル友を作っていました。

それは初めは私の為だという理由でした。

「ユイにもメル友くらい必要だろう、自分が選んであげるからメールしなさい」

という感じだったのです。

勿論女の子、年下限定でした。

年上は悪いことを私に教える可能性があるという事で駄目らしいです。

・メールだけ

・電話で話しをする事は禁止

・旦那が居ないところでのメール禁止

・内容を旦那に確認してもらってから送受信

と、物凄いキツイ監視の下でのメール交換でした。

あまり楽しい話題はしなくいので世間話ばかり、すぐにメールは途絶えその度に旦那が新しい女の子を仕入れてくる。

ほんの数日は確かに私に女の子を振り分けていました。

しかしそのうち旦那が何やらコソコソ何かをしている行動が目につくようになりました。

オカシイと思い、ドキドキしながら旦那がお風呂に入ってる間に旦那の携帯を見てやりました。

すると色々な受信フォルダごとに女の子の名前。

中身を見たら他愛もない話から何だかエッチっぽい話まで、女の子によって様々です。

そして二つ、開かないフォルダがありました。

鍵が掛かっているのです。


アヤシイ・・・ドクロ


怪しいとは思ったものの、それより何より心臓が張り裂けそうでした。

こんな事は勿論初めてです。

まだココでは書いて無いかもしれませんが、これより数年前に旦那の元彼女のストーカー事件以来、旦那の女性関係で揉めた事は無かったので、久しぶりの悪い意味での興奮状態です。

ドキドキして手が震えるし、思考もストップしそうになりました。

私は当時21才のガキ(今でもガキですが・・・)だったのでパニックという言葉がピッタリだったかもしれません。

でもココで問い詰めても多分逃げられるだろうと思い、その日は携帯を元に戻して何も言えませんでした。


ある日、郵便受けに手紙が入っていました。

旦那宛だったのですが、宛名の字が何だか奇妙にゆがんでいました。

あきらかに子供の字でした。

浸かっている便箋や封筒も小学生や中学生が好みそうな可愛らしいという表現がピッタリの動物や天使が書かれたものでした。

裏には送り主の名前。

「○○ さおり」


誰だろうと思ったのですが、私が郵便を取りに行ったのを感づいたのか旦那も玄関に現れた為素直にそのままその手紙を渡してしまいました。


「誰から?」と聞くと「メル友」と旦那は言いました。


へ???


何故メル友から手紙が届くのでしょう。


すると彼は「メル友がプリクラ送るって言うから送ってもらっただけや」と言い、その手紙を私にも見せてくれました。

中にはやはり小学生のような可愛らしい女の子の写真が沢山入っていました。

そして手紙の本文は彼が隠して見せてくれなかったのですが、チラッと見えた言葉がありました。

それは便箋の二行程を使ってデカデカとピンクのペンで書かれた言葉でした。


「たかちゃん、大好き」



「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」



私は自分でもビックリする程パニックになり、以前のエッチっぽいメールや色々な女の子の名前の受信フォルダの事が頭の中を駆け巡り、大きな声で叫んでました。


私「お前! その手紙なんやねんッ!!!爆弾


旦那「ただの写真やん      っていうかお前ってなんやねんむかっ


私「何で写真貰う必要があるねん!!!」


旦那「別にいいやんけッ!!俺のメル友やッ!!!」


私「私には相手もあんたが選んで、内容まで見せて不自由な思いさせせて何が自分のメル友じゃー!!!大体なんであんたがメールしてるんよッ!!!私のメル友探してるだけやって言ってたやろッ!!!!!」


旦那「何でお前だけそんな事しといて俺がしたらあかんねんッ!!!!」


私「メールは突然あんたが勝手にしろって言って持ってきたものやろう!?私がしたくてしてるんちゃうやん!!!」


旦那「じゃあやらへんかったらいいやんけッ! でも俺はやめへんからなぁああ!!!!!」



そんな感じで言い合いをしていました。

今思えばこの頃の会話って、お互いをお互いが足の引っ張り合いをしていたような感じがしてなりません。

そういえばどこかの日記でモラルハラスメントという言葉と同時に、モラハラ被害者は加害者になるというような事を見かけた気がします。

モラハラって未だによく判っていないのですが、もしかすると私は被害者であり、この時の私の感情は加害者になっている瞬間なんじゃないかと考えたりします。

言葉足らずで判らないかもしれませんが、私は自分が束縛されつづける事で、相手への束縛は当然だと思うようになっていたのかも。。。

自分がされているんだから、当然相手も自分によって束縛されるべきだ。。。とか。

モラハラとは関係なかったらごめんなさい。


そしてこの言い合いの後、私は浮気相手の年齢を知って愕然とするのです。


その手紙やメールだけで浮気だと言うのはおかしいと思われる方もいらっしゃると思うので説明すると

私個人の考える浮気の線は、「相手が浮気だと言う所」です。

自分の相方が「それは浮気だ」と言えば、それがただの会話であっても浮気になるのです。

さっきも書いたようにこの考え方は間違っていたのかもしれません。

私が友達と電話しているだけで浮気だと騒ぎ家出をして抗議した彼に対して、電話で話しをする事も彼が許可した相手以外へのメールが浮気だと言うなら、旦那も同様の事をすれば浮気だと言っていいんですね?という考え方だからです。


彼の浮気相手の年齢は14才でした。


14才なら浮気にもならないだろうと当時の私もさすがに思いました。

だから私は許すことにしたのです。

パニックになって初めて旦那に自分が言いたいことを半分でも言えた事でスッキリした部分もありました。

ヒヤヒヤする事はあっても我慢しようと思いました。

またそのうちキレればいいかなと・・・。


彼のメール浮気は続きました。

私は相変わらず監視されたメールしか出来ませんでの、つまらないので辞めました。

私はメールが出来ない。

相手が誰であろうと、何か文字で全く知らない人や知ってる人に今の自分を書いて知ってもらう事って結構ストレス発散になる事をこの頃覚えました。

しかし旦那の悪口は書けませんから、自分だけこの快感から遠のいてしまったというストレスが新たに出始めました。

我慢すると自分で誓っておきながら、私はこのストレスに勝てないで居ました。

彼は毎日毎日私との少ない会話も放置で色々な人とメールしていました。

全て女性でした。

そして大抵物凄く年下の10代半ばから後半の女の子達でした。


さすがにもう手紙をよこす事は無くなりました。

しかし仕事中の彼の様子はわかりません。

その当時夕方から深夜が勤務時間帯だった彼は、以前なら仕事の休憩時間になると私にメールや電話をかけてきて、私がメールや電話をしていないか確認したりしていた彼でしたが、ある時期からそれがプッツリと無くなりました。

私は監視されたいわけではなかったですが、在った者が突然無くなると不審に思いますよね。

私も当然不審に思い、ある日彼の休憩時間であろうと思われる時間に私から電話をしてみました。

すると携帯は話中の音を鳴らしてきます。


これは変だ!!!


私の勘が騒ぎ始めました。


誰かに電話している様子。

誰に・・・?


以前初めて携帯チェックで見つけた開かない二つのフォルダ。

一つは手紙の「さおり」という14才の少女だという事は突き止めています。

もうは一つ謎のままです。


このもう一つのフォルダには、14才なんてすっ飛んで行きそうな秘密が隠されていたのです。。。







今回の日記は過去に書いていた日記を抜粋し再編集という形で書かせてもらいました。

過去の日記を読み返し、今の自分と照らし合わせると色々変化があった事が見えてきます。

霧のかかった頭が少しずつ晴れていくような感覚です。

これもこの日記の存在のおかげなのかもしれません。

当分過去の日記が続くと思います。

現在は・・・あまり進展がありません・・・。


旦那は今日も無断外泊です。

突然無断外泊が続くのが不気味な気がします。

そういえば以前も今回の日記の続きにあるんですが外泊してました。

続きはまた今度・・・

拙い日記を読んでいただいて、大変恐縮です。

ですが皆さんの存在が今の私の精神を支えて下さっていると最近よくよく思います。

毎日感謝しきり通しです。

いつもありがとうございます。








旦那の嫉妬が異常だと感じたのは付き合って一週間程たった頃から。


私は、旦那と付き合う前には誰とも付き合ったことが無く、初めて人と付き合ったのが旦那だった。

旦那とは、初めて会った日から付き合いだし、その日から三年半家に帰してもらえなかった。

それが第一の嫉妬だったらしい。


付き合い始めて数日後、その頃仲の良かった男友達の誕生日だった。

まだ付き合い始めてほんの数日で全く旦那の勝手が判ってなかったんだと思う。

男友達に電話して、おめでとうを言った。

しばらく話をしていて、私に彼氏が出来た事を報告した。

すると彼氏と話がしてみたいと友達が言い出した。

私も初めて出来た彼氏だし、友達って存在に初めてそういう人を紹介するって事が嬉しくて喜んでokした。

旦那も暇だったので私の友達との会話を承諾した。


しばらく和やかに話をしていて、私に再び受話器を戻して少し会話し電話を切った。

すると電話を切った直後に旦那の機嫌が悪くなった。

それまでの数日間でも時折拗ねるような言動はあったものの、あまり重要視していなかったので気にしてなかったのだけれど、その時の拗ね様は家を出て行く程のものだった。

電話を切ってすぐに旦那が睨んで来たので、何だろうと思っていると「もうアイツとは連絡するな」といわれた。

友達が何か気に障る事でも言ったのだろうかと思ったが、そういうわけではないらしい。

私は意味が判らなくて、人と付き合ったことが無い時って本当に、相手の事なんて全然考えてなかったなと今なら思えるんだけど、他人の感情なんて全くわからなくて、何もしないで居ると彼は無言で家を出て行った。

しかし私はそれが抗議の形である事すら判らなくて、すぐ帰ってくるだろうと放置していた。

家でぼーっとしていると、彼が30分くらい経ってから帰ってきて、「何故追いかけてこないんだ」と言った。


私は、ハァ!? って思った。

顔文字の(゚Д゚) ハア??そのものな顔になっていたと思う。

女が同じ台詞を言うのはドラマなんかで見ていて知ってはいるものの、本物をしかも男の口から聞くなんて思わなかった。


初めての違和感はそれから一時間の沈黙をもって私の自粛が始まり、何事も無かったかのように時間が過ぎていった。


私は、当初それは男友達だけの話だろうと思っていた。

実際年賀状を女友達にだけ出し、彼の家の住所を女友達数人にお知らせして、その返事が来ても特に何も言われなかったし、私は元々電話はあまり好きではないので、その初めての違和感の時以来友達というものに電話をかける事が無くなっていた。


しかし数ヶ月が経ち、同級生が大学に進学する時期になった。

三月頃だったんだと思う。

ある女友達から電話が掛かってきた。

それは私の携帯電話の番号を知らない友達が実家を通して連絡してきたものだった。

母から、「○○ちゃんから電話あって、出来れば早くに電話してほしいって言ってたよ」みたいな事を言われた。

電話番号をメモし、とりあえず彼の顔色を伺った。


私「友達が何か話ししたがってるんだけど・・・」

旦那「ふーん・・・」

私「で、電話してもいい?」

旦那「何で俺に聞くねんむかっ

私「・・・・・・・・・」


その頃既に殴られた事があった頃か、もしくは既に頻発し始めていた頃だったと思う。

私は常に彼が機嫌悪くならないように、怒られないように、彼が嫌な事はしちゃだめなんだと考えていた。

結局ちょっと機嫌が悪い口調で別にいいよって言われたので、学生時代大切な友達だった事もあり、すぐに電話してみた。

話はその頃の私にとってはとてつもなくクダラナイ話だったのだけれど、本人にとっては学生なら深刻なのかもしれない人間関係の悩みだったので話を聞くだけ聞いて30分程で電話を切った。

その日は特に何も無いまま。

次の日、友達の方から電話が掛かってきた。

話は前日のつづきのようなものだった気がする。

一方的にまくしたてられるので、私はただ返事をするだけ。

それが怪しいと言われた。

旦那が電話の途中で「男ちゃうやろな!?」と怒鳴ったのだ。

当然違うと否定してから、友達が少し不審がっている声を出している受話器を旦那の耳に当てて確認させた。

その場はそれで収まったが友達の話は止まらない。

私はいい加減長いなと思ったけれど、実家に居るときは平気で数時間話をしていた事もあり、友達はそれが可能だと思っているのだろう。

この友達もその当時誰ともお付き合いをしたことが無かった人なので、彼氏持ちの友達に対する当然持ってるであろう配慮は一切してもらえなかった。

私はちょっとドキドキしていた。

彼氏の顔が不機嫌ですと言っているような顔になっていたのだ。

ああ、駄目だ、電話切らなきゃ駄目なのかな・・・

私はそう思い、普段は結構人の言いなりになる事が多いので、言ったことが無い「今ちょっと都合悪いから」というような言葉を友達に言った。

でも通じない・・・。


まごついていると旦那がキレタ。


「いつまで電話してるんじゃ! はよ切らんかいッ!!」


物凄く大きな声だったので友達にもはっきり聞こえたらしい。

そそくさと電話を切られてしまった。

その後旦那はまた家を出た。

私も二度目だし、また変な台詞を吐かれるのも嫌なので後を追いかけた。

私は別に熱い人間でも無いし、家族に対しては機嫌悪かったら勝手にしてろ的な思考で放置をよくするので、怒った人を追いかけるなんて何だかちょっと自分が滑稽だった。

狭い路地で夕暮れ時に、お金が無くてまともな夕食を作れない状態で女友達と長電話をしていたのが原因で旦那を追いかける私。

とても滑稽だったが必死だった。

とりあえず旦那をやっと捕まえて、家に入り、謝った。

とりあえず謝ろうと思った。

長電話をした私が悪いんだと。


翌日も友達から電話があったが無視した。

ずっと無視し続けた。

理由を説明する気にもなれなかったし、その電話が長いとまた追いかけっこになるかもしれないと思うと、電話に出ることすら出来なくなっていた。


別の友達から電話が掛かってきた事もあった。

その友達は少しハスキーな声で、その友達の電話番号を知らなかったので知らない番号からの電話は旦那に出てもらうようにしていた私は電話を旦那に渡した。

電話に出た旦那は私に怒った顔で「男がユイさんいますかって言ってる!!」と言って私に電話を投げつけた。

男の友達!?

そんなに数は居ないし、第一携帯電話番号を知ってる人がいるはずが無かった。

恐々電話に出た私は、相手が幼馴染の女の子だと判ってほっとした。

しかしとりあえず早口で彼氏がいるから電話できないと伝え、その子との連絡もその日以来一切出来ていない。


それでも違和感はあってもそんなに変な事だとは思ってなかったかもしれない。

だって好きだったから・・・。



はじめに

以前書いたかもしれませんが、支離滅裂な所は多めに見てください。

思い出したら、思いついたら、その時に書けるだけ書くというスタイルでしか日記を続けられないので。。。

今日は父の話を書こうと思います。

私の父は、ヤクザです。

私はヤクザって言葉を使っていますが、軽蔑の念が込められていると思ってください。

決して父の事が嫌いではありません。

仲も旦那抜きでなら良い方だと思います。

下手な漫画に出てくるような怖い人ではありませんし、若い頃は不良ではあったようですが成人してから大学に行って勉強しなおしたり、筋が通っている所は良いと思っています。

ただ「職業」が「ヤクザ」なのだけが小さい頃から私は好きにはなれませんでした。

他は普通の父親だと思います。

旦那と父は殆ど顔をあわせた事がありません。

それは父が現在家を出ていて、父と母が別居中である事もそうですが、仕事を殆どしていない、うちの母に援助して貰って生活している、私が勝手に父に無断で家を出て彼と暮らした事等が、父には気に入らなかったようで、嫌いだから会わないようにしているのが本当の理由のようです。

結婚は両親の賛成を得てからしたほうが良いと誰かが言ってましたが、私にはその言葉が物凄く重いです。

母は妥協の上での黙認という感じで、援助も私の事が心配でしてくれているのはよくよく判っています。

父は頑なに認めたくないと言っています。

やはり、賛成してくれとは、こんな生活で、父や母には言えませんが暴力が頻発しているこんな状態では絶対言えませんが、賛成して貰わないと整理がつかないと最近よく思います。

そんな父と旦那ですが、初めて顔をあわせた時がありました。

結婚前、私の妊娠がわかって私は母に相談しました。

すると自然に父の耳に話しがはいったようで、一度正式に話し合いをしようという事になりました。

結婚前の両親に挨拶なんてものはありませんでした。

旦那が嫌がっていたし、父も結婚なんて夢にも思っていなかったようですので、子供をどうするのかという家族会議の証人に旦那を呼ぶという感じで実家に呼ばれて話し合いをしました。

父は顔が怖いって事ではないんですが、旦那には父がヤクザだとは伝えていましたので、妙な緊張した空気が漂っていました。

旦那は子供は好きなので殺せない、産ませて下さいと父にお願いしました。

私と旦那二人だけの話し合いでは、子供なんて無理だと言っていたのに、父の前になると突然意見を変えた旦那には驚きました。

後に旦那から、「おろせって言うとお父さんに殺されると思ったから」だった事が判ったんですが・・・。

逆に父は、私たち二人でも生活出来てない状態なのに子供なんて無理だろうって事で、おろせと言われました。私もそれは納得していたんですが、旦那が好き、子供おろせないって本能だけで産みたいと言いました。

その後は膠着状態。

旦那は途中で意見を変えると男として云々という理由で産ませてくれと頼むし、父は断固反対で押し通すし。

旦那の仕事の話に当然なるんですが、それはそれで旦那が黙り込む有り様。

話し合いは意見のぶつかり合いでも、どちらかが説得するでもなく、父と旦那がお互いの意思を頑なに持ち続け話なんて全く進みませんでした。

結局父との子供についての話はそれ以上ありませんでした。

母にだけ相談し、子供を産む決意と結婚、そして旦那の普通の会社への就職を誓って結婚してしまい、後で父に報告という形を取ってしまいました。

またしても勝手な行動で父はショックを受けていたようですが、父の言う事は間違っていなかったと今更思ってしまいます。

バカな娘でごめんね。。。

ここ数日、実は旦那が家に帰ってきていません。

外泊なんて初めての事で、ちょっと落ち込んでいました。

今日二日ぶりに連絡があり、友達と一緒に居るからという事でした。

明日帰るそうです。

多分、物凄く堂々と私が記憶障害がある事をいいことに、浮気をしているんだと思います。

浮気については確実な証拠を持っています。

携帯メールと手紙です。

それについてはまた今度書きます。

昨日、母が来た。

現在の旦那はアルバイトのまま。

月給は10万未満。

生活は苦しすぎる。

母のパートで得た収入で援助してもらっている。

母には意見がある。

言う権利もある。

私もそう思う。

ただ彼だけは、そうは思わないらしい。


彼の言い分

「援助してくれってこっちから言った覚え無い」

「勝手にしてはるだけやのに恩着せるな」


うちの母に、恩を着せている風は一切無い。

ただ

「もう少しでも給料の良い所へ行ってほしい」

「自立して生活できるようになってほしい」

とだけを言いに来ただけだ。


老後の生活の為に貯金も必要な母が、現在奇跡と言われている位の不自由な体で働いてくれたお金を援助してくれている。

この母の為にも、解決策は別れる事だけなのかな。


結婚って、簡単な事じゃない。

離婚も、簡単な事じゃない。



理由は主に

「俺を怒らせるお前が悪い」

という考え方からくるものらしい。


怒られる理由をノートにメモしてみた。


ラーメンの茹で時間が長い

お茶が薄い

コーヒー、紅茶の砂糖の量が少ない

掃除洗濯の仕方が自分の家法と違う

(唐突に)私が浮気をしているんじゃないか



そんな感じ。


旦那は全く何も自分ではしない。

全て私に任せている。

しかし日に日に注文が違う。

一貫性が無いので私は彼が言う「進歩が無い」って事になる。

毎日毎日、洗脳するかのように

「お前が悪い」

「お前は馬鹿だから学習しないで毎日俺を怒らせる」

「すぐに記憶を無くしたフリして都合の悪い事は全部病気のせいにして、俺が騙されると思ってるのか」


私は言いたい。


「病気はテメーのせいで発症したんじゃぃッ!!」

「自分の都合悪い事は全部私のせいにして、逃げてるのはあんただろッ!!!」


言えるなら、今このブログは存在しないだろうな・・・

旦那の仕事はアルバイトだ。

定職では無い。

これが最大のうちの家族との争点。


このアルバイト、以前は無職だった彼にしては進歩している。

無職だった期間4年半。(正確にはもっと長いのだけれど、私と知り合ってからの期間である)

結婚寸前でやっと見つけた仕事だった。

配送センターの倉庫内作業。


仕事をする意欲がまず無い人だった。

仕事をしていないと言っても、全く収入が無ければ生活は出来ない。

天涯孤独な彼は誰にも頼れず、前の彼女と付き合っていたときの彼女の提案で、ゴミを漁ってお金になる物を拾い、業者に売って生活していた。

私と出会った時もそんな仕事?をしてカツカツの生活を送っていた。

収入は不安定で、一ヶ月に五万円もあれば良い所だった。

五万円・・・二人で生活をするには到底無理な金額。

赤字分はうちの母親に援助してもらっていた。

最低な生活だった。


何度もうちの家族と話し合い、何とか見つけたのが今のアルバイト。

しないよりはマシである。

でも出来ればもう少し給料のある所に働いてほしい。

だって給料・・・

9万あるか無いかだもん。


その前に、そんな奴と結婚したお前は馬鹿だと。

自分で思ってます。



私には今年52才になる母親が居る。

旦那とうちの母は仲が悪い。

うちの母親は障害手帳を貰っている。

体が悪いので、できれば一緒に住みたいのだが

旦那との仲が悪すぎるので実現できずに居る。


彼の両親は10年以上前に他界、兄弟も居ない。

後に旦那が養子だった事が判り、天涯孤独の身。


彼の母親が居れば少しは状況が変わったのかもしれない。

嫁姑問題は勃発するだろうけれど、殴り続けられるよりはマシだと思う。


戦い。

それが意味する所は離婚である。

離婚をしたいという意思はある。

ただ私の人生は、この病気である程度狭まられた。

でもこの病気も、彼の暴力からくる精神的なものだった。

この病気さえなければ、とっくに離婚していると思う。

流産の後すぐ兆候が見られたという事実が、彼の関与を色濃く映し出している。


離婚する前に、彼に報復したい気持ちもある。

現在の私は、ただ彼の言いなりになるぬいぐるみだ。

彼のストレスを全身を使って受けている。

私は人間だ。

しかしそれすらも病気が忘れさせる事がある。


暴力は日々小さな傷から発生し、止まるまで私はどうする事も出来ない。

私が正常な精神を持っているなら、法的手段に出て戦えるのに。

彼は浮気をしている。

それは既に何回も繰り返されている事。

付き合っている間にも数回あった。

その度私は追及したが、一旦浮気の味を知った旦那は何人も相手を変えて続けている。

それに対してどう対応すべきか。

暴力に対してどのような報復をするべきか、もしくは何もせずに別れるのが無難か。

無難なのは解っているが私の心は既に答えが決まっている。

私はこのまま彼と別れても自分の人生を歩むには傷跡が大きすぎる。

何か自分の為にケジメをつけたい。

我慢する方が大人なのかもしれない。

私のやっている事は全てが子供じみた事なのかもしれない。

まずこんな男と結婚した事が間違っているのだと思う。

でも私は、彼にも私が受けた地獄の味を知ってもらいたい。

ただその為に、何をするべきなのか、まだ決めかねている。



ブログは良い。

その時思ったことを書くというスタイルしか私には出来ない。

即興で出た言葉で、私の頭は幾分か整理できているように思う。