彩海とつき合いはじめて1か月後のことだった。その日、彩海は会った時から言葉数が少なく、ずっと物憂げな顔をしていた。
「なんだか暗いなぁ。何かあった?」
「……悟(さとる)に聞いて欲しいことがあるの」
悟は俺のハンドルネームだ。
「なに?」
「ん……悟に心配かけるから、やっぱり言わない」
「言いかけてやめるなよ。余計気になるじゃないか」
「じゃ、言うね。時々、私に電話かかってくるでしょ?」
「あぁ…」
「気にしてた?」
「ちょっとな」
ちょっとどころではなかった。スマホをもぎ取って、相手(の男)が誰なのか確認したいとさえ思っていた。
「……元彼なの」
「やっぱりな」
「わかってた?」
「なんとなく……。で、元彼が今更何の用事なんだ?」
「実は私、彼に借りてるお金があって、それを早く返せと。返せないなら……」
「返せないなら、なに?」
「体で…支払えって…」
「なんだそりゃ? で、金額は?」
「150万…」
「ええっ、な、なんだってそんな大金を?!」
「ごめんなさい……」
「謝らなくていいから。で、体で支払ってるのか?」
「うん…」
「俺とつき合いはじめたあとも…か?」
彩海はこくりと頷くと、泣き崩れてしまった。
俺は怒りで全身がぶるぶると震えた。元彼と俺は彩海の体を共有しているのだ。元彼と彩海がセックスしている姿を想像するだけで吐き気がする。あぁ…もう気が狂いそうだ。彩海も彩海だ。同時期に二人の男とセックスして平気なのだろうか?
ひょっとすると、怒りは独占欲かもしれない。愛情とは言えない歪んだ感情かもしれない。そもそも、初めて会ったその日にセックスするなんて、しかも、互いに恋人がいるかどうかも確かめなかったし、いくらアプリで親しくなったからといっても、それはしょせんヴァーチャルな世界の幻想に過ぎないのではないか。いわば、ノリか勢いでセックスしたようなものだ。それを今更独占したいなんて、あまりにも虫が良過ぎないか。俺は自責の念にかられた。
「ごめんなさい。ほんとうにごめんなさい」
彩海は頭を床に擦りつけて謝った。
「いや、彩海は悪くない。別れたあとも彩海の体を弄ぶ元彼が許せないんだ。金が払えなければ体を要求するなんて…どこまでゲスな男なんだ!」
「違うの。お金にだらしなかった私が一番悪いの。私は男の人に甘えるのが一番嫌いなことだったのに、お金を借りるなんて…それこそが一番甘えた行為だった」
「これ以上、彩海が苦しむのは見ていられない。俺が…俺がなんとかするよ」
彩海は激しくかぶりを振った。
「だめよ。悟には迷惑はかけられない。自分で蒔いた種は自分で刈り取るから…心配しないで」
(続く)
