それから1か月後、結衣の姿を目撃した。同じ年くらいの女子と一緒に夜の繁華街を歩いていた。
結衣はチラッと僕に一瞥くれただけだった。結衣と話したことはないけど、ぼくのことを知らないはずはない。すれ違ったあと、もやもやした気持ちだけが残った。何も知らない第三者が口出しすることではない。しばらくすると、ぱたぱたと足音が近づいてくるのを感じた。振り向くと結衣だった。
「あの……山下君と同じ体操部の方ですよね?」
「あぁ、そうだけど」
「山下君に伝えてくれませんか?」
「何を?」
「全部……全部、誤解だからって」
「意味解らないんだけど。それに伝えたいなら、自分の口から伝えれば?」
「それも、そうですよね……、ごめんなさい」
結衣はペコリと頭を下げると、元来た方向に走り去っていった。
――誤解? どういう意味なんだ?
山下には何も言わないまま、数日が過ぎた。
山下は隣のクラスだったが、体育だけは男女別々になるので、合同授業になる。
ある日の体育の授業。
体育教師が出欠を取る。
「山下! 山下……いなのか?」
「休み……みたいです」
同じクラスの誰かが体育教師に言った。
「みたいって、どういうことだ?」
「それが、連絡がないらしいんです」
なんだか悪い予感がした。このところ、よりいっそう元気がなかったからだ。
ぼくは体育の授業が終わったあと、山下の担任教師に聞いてみた。
「お母さんの話では、朝、いつも通り家を出たということなんだ。何もなければいいんだが……。次の授業がないので、めぼしいところを探しに行こうと思ってる」
「先生、ぼくも行っていいですか、心配なんです」
「でも、君は授業があるだろう」
「はい、でも……」
「心配するな。必ず見つけるから」
山下が見つかったのは、その日の昼過ぎだった。大きな川の岩場で、頭から血を流して死んでいたのが発見された。たぶん、橋の上から落下して岩に激突、頭を強く打ち、それが致命傷になったのだろうという話だった。誰かと争った形跡はないので、自殺か事故のどちらかだろうと。遺書はなかったそうだが、結局、自殺で処理されたようだ。
ぼくはショックのあまり、早退し、しばらく寝込んでしまった。
運動神経の優れた山下が誤って落下することなど絶対にあり得ない。自殺だとしか考えられない。
もしも結衣の「誤解だから」という言葉を山下に伝えていれば、山下は死なずに済んだのではないか。そうだとすれば、ぼくが悪いのだ。ぼくのせいだ!
涙が止まらない。だけど、どんなに後悔しても山下は戻って来ない……。
その一週間後、山下の葬儀が行われた。ほとんどのクラスメイトや先生方が来ていた。きっと山下は誰からも愛されていたのだろう。あちらこちらからすすり泣く声が聞こえる。
結衣の姿もあった。彼女はこの前繁華街で一緒に歩いていた女子と一緒に来ていた。2人は手をしっかりと繋ぎ合っている。この世代の女子は、仲の良い同士、手を繋いで歩いているのはよく見る光景ではあるけれど、この2人の空気感は、それとは違う何かを感じさせた。そういえば、この前、見かけた時も手を繋いでいたことを思い出した。あぁ、ひょっとすると、2人は……そういうことだったのか!!
結衣はぼくに近づき、話しかけてきた。
「ちゃんと山下君には本当のことを話しました。私、ずっと苦しんでいたけど、山下君に嘘は言いたくなかった。でも、でも、山下君、よけいにショックだったみたいで、もう、どうしようもなくて……」
結衣はその場で、わっと泣き崩れた。
――今年も帰ってきたよ、山下……
ぼくはきれいな海の見える墓地で、線香に火をつけ、手を合わせた。墓地からは、マッチ箱のような松山城が見える。
――山下、懐かしいな、松山城のランニング……
ふと、横を見ると、真っ白なゆりの花が二輪飾られていた。
(了)

